昔から僕は、臆病な人間だった――。
背は低く、見た目も男らしくなく、幼い頃はよく女みたいだと周囲から揶揄われてきた。
自分自身、自信を持てる要素なんて何一つなく、自分ではどうすることもできないと思っていた。
だからこそ、そんな自分がただただ悔しかった……。
しかし、そんな僕でも生まれだけは良かった。
この国でも有数の商会の一人息子として生まれた僕は、幸いにも両親の愛情に包まれながらしっかりと育てて貰うことができた。
そのことには感謝しかないし、将来は親の為にも自分の為にも家業を継ぎたいと思っている。
それこそが、僕に出来る唯一の親孝行だと思っているから。
だからこそ僕は、魔法学園に進学する道を選んだ。
この国において、魔法の知識やスキルの重要度は高い。
それは、時に身分すらも超えて評価されることもある程に。
たとえ魔法を上手く扱えなくとも、魔法に関する知識を持っておくだけでも非常に価値があることとされている。
だからこそ、みんなこの魔法学園へ通いたいと思っているし、将来を語るうえで非常に重要だと言われている。
でも僕にとっては、この魔法学園へ通うことにはもう一つ大きな価値がある。
というか、むしろ魔法以上の価値があると言ってもいいだろう。
それは、この国の貴族の方々とお近づきになれるということ。
僕の家は、国内でも有数の商会。
故に貴族の方々を相手に商売をすることも多いため、この学園での人脈作りは今後必ず大きな価値を生み出す。
要するに僕からしてみれば、この魔法学園へ通うことは非常に大きな価値を有しているということ。
そう思い、強い使命感と共にこの学園へ入学したわけだけれど……。
……結果から言うと、そんな思いだけでは駄目だった。
結局僕は、身体だけ成長しても何も変わらない臆病なままだったから……。
学園へ入学してからも、以前と変わらず周囲に馴染めない日々が続いた。
貴族や魔法の才能に溢れた人がほとんどのこの学園において、魔法の才能はさほどなく、ただ家の財力のみで入学してきた僕だけが異質だった。
入学後数日で教室内でのグループが形成されていき、そのどこにも属せなかった僕が孤立するのに時間はさほど要さなかった。
――学園へ通ってみたけれど、結局僕自身は何も変わっていないんだ……。
諦めたくはないけれど、何も先行きは見えない。
本音を言えば、もうこんな学園なんて辞めてしまった方が良いとすら思った。
けれど、僕には成すべきことがあるし、それでは駄目だということも分かっている。
だからこそ、完全に出遅れてはしまったけれど、今からでも動き出せば何か変わるかもしれない――!
そう信じながら僕は、勇気を出して一歩を踏み出した。
そして、同じクラスの貴族の方々へ声をかけると、意外とすんなりと受け入れて貰うことができた。
嬉しかった。
壁を作っていたのは自分で、意外と周囲は思っていたほど怖くはないのだと思った。
この時の僕は、柄にもなく浮かれてしまっていたとも思う。
……けれどそれは、全てがまやかしだった。
僕のことを受け入れてくれたと思っていたけれど、貴族の皆様は誰一人僕のことを受け入れてなどいなかったのだ。
彼らはただ、僕のことを利用するために良い顔をしていただけだったのだ……。
彼らは僕に声をかけられるより前から、僕が商会の一人息子ということは知っていたのだろう。
だから彼らは、僕を仲間へ引き込んだように見せかけ、色々と理由を付けては僕からお金をせびるようになった。
貴族なのに、どうして……?
お金に困っているはずもないのにと、最初はそんな疑問も生まれた。
でもすぐに、そうじゃないことに気が付く。
彼らは別に、本当にお金が欲しいわけではなかったのだ。
ただ彼らは、僕からお金を巻き上げることに楽しさを覚えているだけなのだと気づいてしまった。
理由は簡単。僕が平民だからである。
貴族と平民――そこには絶対的身分差が存在する。
貴族とは高貴で敬われる存在であり、僕のような平民より全てが上位にある存在。
故に、平民でありながら強い財力で入学してきた僕のことを、彼らは最初から快くなんて思っていなかったのである。
まぁそれは、当然と言えば当然なのかもしれない。
そして、それが分かっても僕にはどうすることもできなかった。
臆病で、孤独で、力も何もない僕には、それでも彼らと生まれた繋がりに縋ることしかできなかった……。
しかし、そんな日々が暫く続いたある日、転機が起きる。
いつものように、人気のない場所へ呼び出しを受けた時のことだった。
まるで待ち構えていたかのように、突如として姿を現したメアリー様に、僕は救われたのである――。
驚きだった――。
相手にしていた貴族よりも、遥か雲の上のような高貴なお方。
この学園においても絶大的な影響力を持ち、僕みたいな平民では言葉を交わすことすら畏れ多い絶対的な存在。
そんな高貴な方が突然茂みから現れたかと思うと、あっという間に僕の抱えていた問題を解決してしまったのである。
僕はただ、そのあまりにも圧倒的な光景を前に、ただ黙って見ていることしかできなかった。
でもそんな僕の中にも、一つの感情が生まれていることに気付く。
――すごい、かっこいい。
メアリー様は、僕に無いものを全て持っているように思えた。
それは身分だけでなく、いつも自信に溢れ、自分の正義をしっかりと貫くことのできる芯の強さ。
僕が欲しいものを全て持っているメアリー様に、僕はただただ憧れた――。
その一件以降、僕はメアリー様を心のお師匠様と慕うようになった。
性別など関係なく、メアリー様の芯の通った生き方に強く感銘を受けたから。
僕なんかが、メアリー様のようにはなれないのは分かっている。
それでも、目標にできる存在がいるというだけで気持ちが前向きになれた。
家のため、そしてなにより自分自身のためにも、この学園で為すべきことを為す。
その決意が、僕のここで生きる新たな糧となったのである。