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第40話 トーマスの決意③

 楽しみにしていた夏休みだけれど、後半は正直に言えば早く終わって欲しいと思っていた。


 理由は単純。メアリー様に会えないから――。

 入学当初の自分からすれば、随分変わったものだなと自分でも笑えてくる。

 早く学園が始まってくれたらいいのにと、一人悶々とした時間を過ごしていた。


 そんな夏休み中に考えることと言えば、一緒にメアリー様と食事をさせて貰ったあの日のこと。

 家族の席に戻り父さんに話をしたら、スヴァルト家のご令嬢と仲を深めていることに驚いて椅子から転げそうになっていた。

 そのあとすぐに、両親とともに改めてメアリー様にご挨拶に伺うと、メアリー様も快く両親のことを受け入れてくれた。

 これには父さんも母さんも大喜びで、その日はずっとメアリー様の話で持ちきりになってしまった。


 それぐらいメアリー様は、本来近づくことすら許されない程の高貴なお方なのだ。

 僕とは違う、雲の上の存在。

 だからこそ、こんな感情を抱いてはいけないと頭では分かっているのに、その思いに反して感情が日に日に膨れ上がっていく……。


 ――認めてもらえるような人間になれたら、僕だってもしかして……。


 気を抜くと、すぐそんな有り得ない願望を抱いてしまう程、僕の心はその感情に蝕まれていた。

 無理だと頭では分かっているのだ……。

 それでも、変わることが出来た今の僕は、挑む前から諦めることの無意味さを一番よく分かっているから。

 だから無理だと分かっていても、何もせずに諦めることだけは出来なかった。


 そんな思いを抱きつつ、いよいよ始まった二学期。

 久々に学園へ登校すると、僕は早速メアリー様のお姿を発見する。


 綺麗な黒髪に、透き通るような白い肌。

 すらりと伸びた足は美しく、この世の美を全て集めたような美しさ。

 ただそこに存在しているだけで、特別な存在――。

 それこそが、僕の憧れるメアリー様なのだ。


 でもどうやら、二学期早々穏やかな感じではなかった。

 メアリー様はフローラさんと何かお話をされているようで、周囲には二人を取り囲むようにちょっとした人だかりが形成されているのである。


 フローラさんと言えば、以前は貴族の方々からよく目を付けられていた。

 だからこそ、貴族の頂点とも言えるメアリー様が、そんなフローラさんと仲良くしている光景にみんな驚いているのだろう。

 僕はもう、お二人がとても仲が良いことは知っているから、何も不思議には思わないけれど……。


 二学期早々メアリー様の姿が見られたのだ、何か僕に出来ることはないだろうか……?

 もしここで好印象を抱いて貰えれば、僕にもチャンスが生まれるかもしれない……なんて、打算的な考えが浮かんでくる。


 でもメアリー様は、あの時何の見返りも期待せずに僕のことを助けてくれた。

 だというのに、自分はそんな打算的な考えを抱いてしまう……。

 そんな自分がちっぽけでみっともなくて、自分の出る幕ではないことを思い知る。


 そもそも、僕に何とか出来る程度のことで、メアリー様が困るなんてことはあり得ないのだ。

 だからここで、僕が出しゃばり過ぎると逆に迷惑になるだけだろう……。


 そんなことを考えている時だった。

 僕とは逆の方向から、二人の元へ近づいていく人物が二人――。


「相変わらず仲がいいな」

「二人とも、おはようさん」


 それはクロード様と、キース様のお二人だった――。

 お二人と言えば、この学園で最も人気を集めるまさに学園の中心人物。

 それは僕の目から見ても、完璧という言葉が相応しかった。

 身分だけでなく、身長も顔立ちも何もかも勝てる気がしない。

 そんな、この学園での中心人物であるお二人が、メアリー様とフローラさんへ声をかけたのである。


 それが意味することなど、言うまでもない。

 お二人も、フローラさんのことを受け入れてくれているという証拠。

 この学園において、クロード様、キース様、そしてメアリー様に盾突こうとする人物などいるはずもない。

 つまり、あの三人が認めている以上、もうフローラさんに対する物言いは許されないということを意味しているのだ。


 きっとお二人も、メアリー様同様に分かっていてやっているのだろう。

 周囲へ見せつけるように、フローラさんと他愛のない会話をすることで、あっという間にこの騒ぎを解決してみせたのである。


 あんなこと、自分では出来ない……。

 そしてクロード様は、メアリー様の婚約相手だと聞く。

 この国の、第一王子様と自分……。

 そんなもの、最早比べるまでもなかった。


 ……じゃあ、やっぱり諦める?

 そんな自問が浮かんでくるが、答えは勿論ノーだ。


 1%にも満たない可能性だとは分かっているけれど、それでも諦めたくはないから。

 これはもう、自分の恋愛問題だけではない。

 今後、僕が僕として在り続けるためにも、しっかりとこの気持ちと向き合う覚悟が必要だと思うから――。


 そして、その日の下校時間。

 僕はメアリー様をお誘いするべく、勇気を出してまた一歩踏み出すのであった――。


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