次の日。
生活リズムは相変わらず馴染まないけれど、今日も朝から学園へと向かう。
眠気を堪えて欠伸を嚙み殺していると、前方に人だかりを発見する。
まぁどうせ、クロード様かキースのどちらかだろう。
そう思いながら横目ですれ違いざまに確認すると、女子生徒達からひょっこりと見える赤い髪。
どうやら今回は、キースの作った人だかりだったようだ。
相変わらず、朝からお騒がしいこと……関わらないようにしましょう。
「おう! メアリー嬢!」
しかし、我関せず通り過ぎようとする私の元へ、何故かキースが駆け寄ってくる。
「……ごきげんよう」
「おいおい、朝から露骨に嫌そうにするじゃねーか」
「そんなことありませんわ」
「あるだろ」
「ないです」
「まぁいい、ちょっとメアリー嬢に話があるんだ。ちょっと今いいか?」
「……ええ」
キースも一応上級生で、同じ公爵家。
断る理由のない私は、応じるしかなかった。
そうしてキースに連れられてきた先は、以前トーマスが絡まれていたひと気のない場所。
二人きりになれる場所を選んだということは、何か他人には聞かれたくない事情でもあるのだろうか……。
朝から何を言われるのかと身構えていると、キースはまるで天気の話でもするかのように話しだす。
「さっそくだが、メアリー嬢に一つ頼みがあるんだ」
「頼み?」
「ああ、実は今度の魔法実技祭だが、メアリー嬢にも運営委員に入って欲しい」
魔法実技祭――。
それは、ここ魔法学園における年に一度の祭典。
各学年から成績上位者を選出し、それぞれ最大の魔法を発表形式で技を競うといった内容だ。
ただ競うのは、あくまで魔法の腕前。
前世の頃に呼んだライトノベルのような、魔法を行使した実戦形式で行われるものではなく、あくまで互いの魔法を披露し合う形で技術を競うものだ。
魔法というものは、使いようによってはとても恐ろしい力となる。
炎の上位魔法になれば、人間なんて骨の髄まで燃やし尽くすことが可能だし、氷魔法になれば辺り一辺ちょっとした氷河期の到来だ。
それぐらい、魔法というのは扱いを間違えば平気で人の命を刈り取れてしまうもの。
だから学生とは言え、魔法で戦闘なんて行った日には人の生死に関わる事態になってしまう。
魔法バトルに憧れないわけでもないが、現実はそんな生易しくないし、そもそも私はこの魔法実技祭にエントリーできる程の高成績でもないのである。
まぁそんな魔法実技祭だが、キースは私へ実行委員をやって欲しいと言ってきた。
例年、各学年から相応しい人物が選出されるとは聞いていたが、なるほどこうして上級生から直々に依頼されるのか……。
やりたいかやりたくないかで言うと、やりたくはない。
理由は単純、面倒くさいから。
けれど、これはキース個人の依頼ではなく、魔法学園の行事としての頼み事。
こうして上級生から直々に、実行委員へ選出されてしまったのだ。
であれば、私はこの魔法学園の学生としてその役を全うすべきだろう。
「……なるほど、分かりました。そういう頼み事でしたら、甘んじてお受けいたしますわ」
「甘んじてな? ありがとう助かるよ」
「話はそれだけですか? では」
「いや、ちょっと待てって」
もう用は済んだだろうと、歩き出す私の腕をキースが掴む。
どうやらまだ話は終わっていなかったようだ……はやく教室へ行きたいのだけれど。
「まだ何か?」
「明日の授業が終わった後、早速ミーティングがあるから出席してくれ」
「なるほど、分かりました。では」
「だから、なんでそんなに急ぐ!? まだ時間はあるだろ? もう少し話そうぜ?」
「だったらわたくしではなく、先ほどの子達とお話なさってはいかが? 皆さんもきっと喜ばれますわよ? キャー! キース様ぁー! って」
「なんでそうなる……あ、もしかして嫉妬してるのか?」
「はぁ……頭の中、お花畑なのかしら? もういいですわ、わたくしは次の授業の支度もありますので失礼しますわ」
本当に、この人は何を言っているのでしょう……。
私がキースに嫉妬する要素なんて、一体どこにあると言うのか。
この星がひっくり返って、オマケにもう一回ひっくり返してもありえないわ。
……いや、それだと戻ってるか。
でもまぁ、キースだってマジラブの攻略対象キャラ。
背は高いし、筋肉質で凛々しいし、性格も明るくて人付き合いもいい。
まぁ客観的に見たら、間違いなくイケメンと呼べるルックスはしているとは思うわよ?
でも、だからと言って女ならだれでも自分に惚れると思っては大間違い。
それにこの、公爵令嬢メアリー・スヴァルト様を、そこいらの他の女と同じだと思わないことね! フンッ!
「俺はさ、メアリー嬢ともっと話したいんだ」
「そうですか、でも生憎私は今話したくはないので、また今度にしてくださるかしら?」
「ははは、相変わらずの塩対応だな! でも、言質は取ったぜ?」
「言質?」
「ああ、また今度な!」
「いや! そ、それは違くって!」
しまった、つい要らんことを言ってしまった!
しかしキースは、完全に言質を取ったつもりで悪戯な笑みを浮かべながら、そのまま立ち去って行ってしまうのであった。
……相変わらず、油断できない男である。
まぁ今回は、完全に私が口を滑らせただけだけれど。
何はともあれ、こうして私は今度の魔法実技祭の実行委員に選ばれたのであった。