二学期が始まり、数日経ったある日の下校時間。
ようやく学園生活の生活リズムにもなれてきたけれど、一日授業を受け終えた頃にはそれ相応に疲れるため、今日は真っすぐ帰ってゆっくり過ごすと心に決めている。
帰ったら食事を済ませて、それからお風呂に課題と予習を済ませ、あとはこの間新刊の出たロマンス小説を楽しむ。
これからの予定も寝るまでみっちりだ。
本当は早く眠りたいところだけれど、小説の続きが気になって気になって夜しか眠れなかったのだ。
自分の恋愛はダメダメでも、他所の恋愛話はとても愛おしい。
我ながら逆な気がするけれど、事実そうなのだから仕方ない。
脳内で物語の続きを想像しワクワクしながら歩いていると、校門のところにクロード様の姿を発見する。
「メアリー、少しいいか?」
どうやらクロード様は、私のことを待っていたようだ。
今日はこれからやる事が詰まっているのだ、用件は手短にして欲しいところ。
しかしその表情はどこか神妙で、どうやら今回はちゃんとしたお話があるようだと覚悟を決める。
だってお相手は、この国の第一王子。いくら私でも、クロード様を無視するわけにはいかない。
「一緒に来て欲しい」
「……はい」
万事休す……。
楽しみにしていたロマンス小説は、どうやら今日はお預けになりそうだ。
仕方なく私は、言われるままクロード様と同じ馬車へと乗り込む。
「それで、ご用件とは何でしょう?」
馬車に揺られながら、クロード様へ確認する。
馬車の向かう方角からして、恐らく今向かっているのは王城だろう。
つまり、クロード様のお家へ向かっているということになる。
――もしかしてこれは所謂、お持ち帰りってやつ!?
ま、まぁ私は、一応未だにクロード様の婚約相手だし?
だからそういうこともあるかもしれないと、以前の私だったら意識していないこともなかったけれど?
でもまだ私達は学生なのだ、そういうのはまだちょっと早いというか、全く心の準備が出来ていないのですが……!?
そんな思いで隣を見ると、意外にもクロード様は無表情で窓の外をずっと眺めていた。
その様子から察するに、さっき私が考えたような用件ではないことが窺えた。
――ふぅ、どうやら私の清らかな身体は守られそうね……。
でも、本当に何用なのでしょう……?
夏も終わり、秋が始まろうという頃。
まだ日は高いが、もうじき日も沈んでくるだろう。
今日は読書どころか、無事にお家に帰れるのかどうかも分からない……。
するとクロード様が、物憂げに外を眺めたままゆっくりと口を開く。
「……最近、クライスと会ったりしたのか?」
「えっ? ああ、社交界の時に少々……」
「社交界? ――今日は、クライスがお前を呼んでいる」
「え、クライス様が?」
何故、クライス様が私を……?
そして何故、それをクロード様が……?
理解の追いつかない私に、クロード様はどこか不機嫌そうな表情を向けてくる。
その理由も分からなくて、私は困惑するしかなかった。
「……あいつと、何かあったのか?」
「何って、別に何も……」
「嘘をついてはいないな?」
「……ま、まぁ、強いて言うのなら、この間の社交界の時に少々お話をしたぐらいです、が」
「そうか。それで、何を話したというのだ?」
「いえ、ただの世間話ですが……」
何も嘘はついていない。
けれど、その真実が何だか嘘っぽくて、クロード様も眉を顰め信じていないご様子だ。
しかし、こんなことは私ではなく、そもそも弟であるクライス様ご本人に確認すればいいこと。
クライス様も嘘を付く理由なんて無いだろうから、きっと同じ答えをするはずだ。
だというのに、クロード様の反応から察するにクライス様との会話は全然されていないご様子。
兄弟なのに、何故……?
思えばある時期から、二人が会話している姿を見たことがなかった。
もしかして、二人は今疎遠なっているとか……?
そんな疑問が生まれると、クロード様はまるで私の感情を見透かすようにしかめ面を向けてくる。
「……要らん勘繰りはするな」
「はぁ……分かりました」
「あと、この後何の話をされたかは必ず報告しろ」
「構いませんが、それは私ではなくご本人からお伺いすればよろしいのでは?」
そんな回りくどいことをせずとも、御兄弟なのだから直接聞けばいいこと。
私の純粋な疑問に、クロード様はまた不快そうな表情を浮かべる。
何だかクライス様の話題になってから、クロード様はずっと不機嫌そうにしている。
やっぱり二人の間に、何かあったのは間違いないだろう……。
昔はよく、三人一緒に遊んでいたのに……。
そんな気まずい馬車の中、それ以上の会話はほとんどなく、そのまま馬車は王城へと到着してしまうのであった。