「やぁ、待ってたよメアリーさん!」
王城へ着くや否や、先に待っていてくれたクライス様が嬉しそうに駆け寄ってくる。
そしてそのまま、私はクライス様に腕を引かれて連れていかれる。
クライス様とは、昔はよく一緒に遊んだ間柄。
だからクライス様がこんな風に私に接してくることに関しては、あの頃と何も変わってはいないと言える。
けれど、クライス様も私の一つ年下。
あの頃とは違い、お互いにもう子供ではないのだから、こんな風に近い距離感で接されるというのも少々やりづらいと申しますか……。
それでもクライス様はお構いなしだった。
私の腕にしっかりと抱き着きながら、まるでクロード様から私を奪い取るように腕を引いてくる。
そんな私達に対して、クロード様は何も言わなかった。
でもその表情には、明らかに面白くなさそうな色が浮かび上がっていた。
「どうしたの? 行こう?」
「え、ええ、分かりました」
クロード様の反応が気になりつつも、私は言われるままクライス様に連れていかれる。
その間も、クロード様は不快そうにこちらを見てきてはいたけれど、結局見えなくなるまで何も言ってはこないのであった――。
◇
「ようこそ、メアリーさん。僕の部屋に来るのも久しぶりでしょ?」
「え、ええ、そうですわね」
クライス様に連れてこられたのは、昔はよく来ることのあったクライス様の自室だった。
昔とさほど変わりはなく、物の少ないシンプルな部屋。
子供っぽいようで、子供の好むものにはさほど興味を示さなかったクライス様だが、それは今でもあまり変わらないようだ。
それでも机には様々な書籍が積まれており、日頃からよく勉強していることが伝わってくる。
病弱な体質が理由で、ある時期から表にはほとんど出てこなくなったから心配はしていたのだが、代わりに勉学には勤しんでおられるという話は本当だったようだ。
しかし、今日は何故呼ばれてここへ来たのか、その理由が分からない……。
そんな私の感情を読むように、クライス様が声をかけてくる。
「まぁ、そこの椅子に座ってよ。今日はメアリーさんと、もっとお話ししたいと思ったから兄さんに呼んで貰ったんだ」
「そうだったのですか」
「うん、僕はメアリーさんにずっと興味があったからね」
そう言って、どこか作ったような笑みを浮かべるクライス様に、私は緊張感を高める。
今日は言われるままここへ来てしまったが、本当に良かったのだろうかと不安になる。
「興味、ですか……」
「そうだよ。この間だって言ったでしょ? 僕にもまだ、チャンスはあるってね」
それは、以前の社交界でのこと。
確かにクライス様は、去り際におっしゃっていた。
あれからその言葉の意味を、私はずっと考えていた。
しかし、どれだけ考えても一つの答え以外は見つからず、でもその答えは有り得ないと思ってきた。
でも今、目の前にいるクライス様を見て考えを改める。
クライス様は、その一つの意味で私に告げてきたのだと分かってしまったから――。
するとクライス様は、また私の心を読むように笑みを浮かべると、まるで答え合わせをするかのように真実を告げる――。
「昔からずっと、僕はメアリーさんに惹かれていたんだ」
明かされるクライス様の気持ち――。
その言葉を前に、私はどうお答えすればいいのか言葉に詰まってしまう。
そもそも私には、クロード様という婚約相手がいる。
だから他の誰かから気持ちを伝えられたところで、その気持ちに応えるわけにはいかない身の上。
しかしそれが、同じ王族であった場合はどうだろう?
勿論それでもクロード様が婚約相手であることに変わりはないが、だからと言って簡単にお断りをしていい相手でもない。
というか、この事がクロード様に知られた場合はどうなってしまうのだろうか……?
クロード様は、今日ここであった話を教えろと言ってきたけれど、こんな話クロード様に言えるはずもなく……。
そこまで考えが至り、私はここへ向かう道中でした会話を思い出す。
このご兄弟は、普段会話をしているのかどうかについてだ。
そもそも私が気を回す前に、お二人は王族。
だから今、私への気持ちを打ち明けるべきではないことぐらいクライス様も分かっているはず。
だというのに、クライス様は敢えて私に気持ちを打ち明けてきた。
つまりそれには、何かしらの意図があるはず。
まずはクライス様の真意を知るべきだろうと思い至り、私にしては珍しく頭がキレていることに我ながら感心する。
「――クライス様のお気持ちは分かりました。でも、私の婚約相手はお兄様のクロード様です」
「うん、分かってるよ。でも、それと僕の感情は関係ないでしょ」
「それはそうかもしれません。でも、クライス様も王族であり、クロード様とは御兄弟です。感情だけで判断できないことも、世の中にはございます」
「なるほど。つまり、メアリーさんも僕の方が好きだけど、仕方なく兄さんと婚約してると」
「そんな話はしておりません」
「大丈夫大丈夫、僕が何とかするから。だから、メアリーさんは自分に素直になってくれたらいいよ」
「少しは話を聞いてくださいまし」
「あははは! 冗談だよ」
呆れる私に、クライス様はお腹を抱えて笑い出す。
「もう、揶揄わないでください」
「ごめんごめん。でも、気持ちは本当なんだ。だから今日も、ここへ来て貰ったのさ」
そう言ってクライス様は、戸棚から封筒を取り出す。
その封筒は年季が入っており、ずっとそこへしまわれていたものなのだろう。
クライス様は、封筒の中に入っていた用紙を取り出すと、私へ差し出してくる。
「これ、覚えてる?」
「これは……ああ、懐かしい」
差し出された容姿は、幼少の頃私とクライス様で交わした交換日記のようなものだった。
クライス様からのメッセージに、私がお返事を書いているものだ。
当時はこういうやり取りを何度かしていたのだが、まさか今も持っているとは思わなかった。
「読んでみて」
「はぁ……えっと、『メアリーおねーちゃんだいすき! 大きくなったらけっこんしてくれる?』『わたしよりあたまがよくなれば、けっこんしてもいいよ』」
うわ、なにこれ!? 昔の私、上から過ぎィ!
……とか言っている場合ではない。
お互い幼少の頃のやり取りとは言え、これはクライス様からの愛の告白であり、私はそれに条件付きでOKしてしまっているであった――。