「思い出してくれた? 僕、このために勉強も頑張ったんだよ。おかげで、今学園に通っている人達なんかよりも、魔法の知識も腕も負けないレベルにまでになった」
答え合わせをするように、クライス様はゆっくりと近づいてくる。
クライス様がこれまで勉学に勤しんできた理由、それがまさかこんな幼少の頃に交わした約束だったなんて……。
私自身、もうとっくの昔に記憶から消えていただけに、何て答えたらいいのかが分からない。
ただクライス様は、この時の約束を信じて向き合い続けてきたのだとしたら、その努力と気持ちを蔑ろになんてできるはずもない……。
「……これを、ずっと信じて」
「うん、そうだよ。だから今の僕は、自分に自信が持てるんだ。だからさ、さっき僕が告白したことを兄上に言ったって構わない。むしろ、言って欲しいぐらいだ」
「そう、ですか……」
「そうなんです」
戸惑う私に、クライス様はどんどん距離を詰めてくる。
そんなクライス様を前に、私はまだ頭の中が整理できないでいる……。
「でも、僕だって自分の立場は分かっているよ。このままでは、メアリーさんを手に入れることは出来ないってね」
「……」
「そんなに警戒しないで。別にメアリーさんは、兄上と結婚したいわけではないのでしょう?」
「それは……」
……何も言えなかった。
私自身、まだどう在りたいのかが定まっていないから。
クライス様もそれが分かっていたのだろう。
私が答えられないことを、答えとして受け取ったようだ。
「大丈夫、一番大切なのはメアリーさんの気持ちだから」
「私の、気持ち……?」
「そう、だって最終的には、メアリーさんが誰を選ぶかでしょ? 僕だって、気持ちが伴わない形を望んでなんていないからね」
「なるほど……」
強引なようで、肝心のところはちゃんと考えてくれているクライス様。
でもその表情には、しっかりと自信が溢れていた。
きっとクライス様は、そのうえで絶対に自分が選ばれるという自信があるのだろう。
「話はそれだけさ。わざわざ来てもらって悪かったね」
「いえ、クライス様はお身体のこともございますので」
「あ、それなんだけどね、僕も成長したんだ。前ほどは辛くもなくなってるんだ」
「まぁ! それは良かったですわね!」
「うん、だからもう、僕の身体のことは気にしなくても大丈夫だからね。結婚する頃には、絶対に全部治してやるから」
「……ええ、お気持ちは分かりました」
なにはともあれ、元気になってくれたのなら喜ばしいことだ。
自身に満ち溢れた表情を浮かべるクライス様の姿に、私は初めてクライス様を男性として見ていることに気付くのであった。
◇
「わざわざ送ってくださらなくても良かったのですが……」
「……」
帰りの馬車の中。
外はすっかり日が落ちており、今日はもう帰ってすぐ寝るのは確定だった。
しかし、何故か馬車にはクロード様も同席しており、そして何故かずっと不機嫌そうな表情を浮かべっぱなしだった。
声をかけても返事はなく、何というか物凄く居た堪れない……。
「……それで、何を話したんだ?」
馬車が出発して何分が経過しただろうか。
クロード様が、まるで独り言かのように声をかけてくる。
そういえば、クロード様は何を話したか報告しろって言っていたわね……。
――でも、今日のクライス様との会話を話してしまっていいのかしら?
だって今日の話は、クライス様からの告白だったのだから――。
クライス様は言っても良いと言っていたけれど、どうしたものか……。
「なんだ? 言えないのか?」
「ええーっと、その……思い出話を少々……」
「思い出話?」
「ええ、幼少の頃、まだわたくし達が三人で遊んでいた頃のことですわ。クライス様は、あの頃わたくしと交わしたお手紙を大切に持っていてくださったのです」
「手紙……? なんと書いてあったのだ?」
「そ、それは、その……け、結婚しよう、的な……? で、でも! まだ子供の頃の、わたくし達が婚約関係になる以前のものですので!」
何だか、浮気を詰められている現場みたいになってない!?
まだ幼少の頃、当然婚約前に子供同士で交わしたちょっとしたお戯れですよ!?
しかしクロード様は、更にその表情を険しくさせる。
どうやらそれぐらい、さっきの話は気に食わないようだ……。
――でも、どうしてこんなに不機嫌そうにするのかしら?
クロード様は、普段から感情を露にするようなお方ではない。
それなのに、何故こんなにも苦しそうなのだろうか……?
「……クロード様は、クライス様と何かあったのですか?」
「……お前には関係ない」
「そうおっしゃるのでしたら、そもそもわたくし達が何を話したのか探りを入れないでください」
「お前は俺の婚約相手だ。俺には知る権利がある」
「でしたら、わたくしだって同じです!」
「チッ、面倒だな」
食い下がる私に、ついにクロード様は舌打ちをする。
カッチーン!!
私の中で、何かが切れる音がした。
クライス様の話になると、全くらしくないクロード様のその悪態に、私も我慢の限界で吹っ切れてしまう。
――ああ、もういい! 全部言ってやろう! 兄弟喧嘩に、勝手に巻き込まないでくださいましっ!
そう腹を決めた私は、もう全部どうでも良くなってクロード様へ宣言する。
「クロード様がそのような態度を取るのでしたら、わたくしだって言ってやりますわ! さきほどわたくしは、クライス様から告白をされましたの! クライス様は、あの手紙の言葉をずっと信じて努力されていたそうよ!」
「は、はぁ!? 告――」
「ええ、そうです! クライス様との間に何があったのかは知りません! ですが! さきほどのような態度を取られるのでしたら、わたくしだって付き合い切れませんわ! クライス様の方がよっぽど素直で素敵ですわ!」
「な、なんだ!? その言い方は!?」
「申し上げた通りですわ! 兄弟喧嘩に、勝手にわたくしを巻き込まないでくださいまし!」
よし、言ったぞ! 言ってやったぞ!!
言わなくても良いことまで言ってしまった気がするけれど!!
……まぁ、もしかしなくても、これは流石に不味いかもしれない。
でももう、そんなの知ったこっちゃない。私だって、キレる時はキレるのだ。
何てったって、私は学園随一の悪役令嬢ですからねっ!
それに、さきほどクライス様だって言ってくれたのだ。
私のしたいようにしろと。
だから少なくとも、今のクロード様と結ばれるなんて絶対に願い下げだ。
「ああ、そうか! なら分かった! お前との婚約は解消だ!」
「はぁ!? そ、それは先にわたくしから申し上げたことですが!?」
「煩いっ! 今俺が破棄したんだ! だからこの話はこれで終わりだ!」
「ああ、そうですか! 分かりました!」
売り言葉に買い言葉。
完全に歯止めの利かなくなった私達は、結局何も解決することなく、この日をもって改めて婚約を解消することとなったのであった――。