……やってしまった。
今日も朝から学園へ向かう私は、いつもの三倍は老けている気がする。
それもそのはず、昨日私は完全に感情と勢いに任せたまま、クロード様を怒らせてしまったのだ。
しかもそれだけでなく、クロード様の方から婚約解消を突き付けられてしまった。
でもそれは、元々私から申し上げたことなのだから、向こうから突き付けられた事には未だに納得はいっていない。
――本当に、何なんですの!?
思い出す度に、様々な感情が湧き上がってくる。
まだ口約束のレベルだとは思うが、クロード様は一度決めたことを覆すようなお方ではない。
つまり、私とクロード様の関係は昨日のあれで完全に白紙。
もう私は、クロード様の婚約相手ではなくなったのである。
それは元々、私から望んだこと。
けれど私は、胸にチクチクとした痛みを覚えていた。
以前、私から申し出た婚約解消を解消されて以降、クロード様は明らかに変わっていた。
夏休みのデートは正直楽しかったし、私自身クロード様に対して心を許していたのだと思い知る。
けれどもう、全ては後の祭り。
昨日歯止めが利かなくなったのが最後、事態はもう取り返しが付かないのである。
クライス様は、私のしたいようにしろとおっしゃってくれた。
でもこれは、本当に私のしたかったことなのだろうか……。
そんな悩みを抱きながら歩いていると、前方にクロード様の姿を発見する。
――うわっ! ヤバイ!
咄嗟に私はどこかへ隠れようとするも、クロード様も私に気が付いてしまったようだ。
完全に目と目が合ってしまい、戸惑いから硬直する私――。
しかしクロード様は、その表情を一切変えることなく視線を外すと、そのまま立ち去ってしまった。
あれはもう、完全に他人行儀だった。
クロード様はもう、昨日の宣言通り私との縁を完全に断ち切ったのだと分かってしまう。
「あれ、何でだろう……」
胸にズキンとした痛みが生まれる。
同時にぐるぐるとした、苦しい感情が込み上げてくる。
こんな感情を抱くのは、生まれて初めてだった……。
一度心を許した相手に拒絶されるというのが、こんなにも辛いことだったなんて知らなかった……。
どうして私は、昨日あんな言い方をしてしまったのだろうか。
憤るにしても、もっと他の伝え方なんていくらでもあったはず。
今からでも謝れば、また前のような関係に戻れる可能性はあるのだろうか――。
そんな後悔だけが、次から次へと込み上げてくるのであった。
◇
授業が終わり、今日はこれから魔法実技祭の実行委員の集まりへと参加する。
実行委員はキースが音頭を取りつつ、基本的に上級生主体で運営される。
私達一年生は上級生のサポートに回りながら、また来年開催のためここでノウハウを覚えるのが役目らしい。
この魔法実技祭には、王家の方々を筆頭に国中の貴族や権力者が集まってくる。
当然私の家、スヴァルト家も毎年観戦に来るような、学園だけでなく国を挙げての一大イベントである。
それ故、在学生の中から私のような上級貴族を中心に集められ、来賓な方々をエスコートするというのが主な仕事となっている。
だから、仕事としてはそれほど多くはないものの、非常に重要な役回りを任されることとなる。
「お、来たなメアリー嬢」
「ええ、ごきげんよう」
「なんだ? 今日は何だか元気がねーな?」
「そんなことありませんわ」
会議室へ入ると、今日も今日とて無駄に元気なキースが声をかけてくる。
しかし、今のテンション的にキースの相手をする感じではないのだが、一瞬でそれを見透かされてしまった。
――こういう所は、無駄に鋭いんだよな。
変に干渉されても面倒なので、暫くキースはNGだ。
そう心に決めて、私は本日のミーティングへ集中することにした。
壇上で説明をするキースは、普段の振る舞いとは違い、何ていうかちゃんと上級生って感じだ。
こうしてシャキっとしていると、まぁそれなりに良い男ってやつなのかもしれない。
今もキースを見つめながら、目がハートマークになっている他の女子達の反応も、分かってやれないこともない。
だからこそ、腹も立ってくる。
普段からシャキっとしてくれていれば、私だってもっとやりやすいに違いないからだ。
そんなことを考えながらも、ミーティングはそのままそつが無く終了する。
いつもより帰りの時間も遅くなってしまったが、今日こそはロマンス小説を読んで気を紛らわそう……。
そう思い会議室を出ようとするも、キースに呼び止められてしまう。
「待った、メアリー嬢。少しいいか?」
「……今日はもう、帰りたいのですが」
「まぁそう言うなって。なんかあったんだろ?」
「キース様には、関係ありませんわ……」
「よし分かった。とりあえずあと十分ぐらいで片づけるから、座って待っていてくれ」
……いや、何も分かってないじゃない。
しかし、一応上級生であり、今回の魔法実技祭の実行委員長を務めるキースからの頼みであれば応じるしかない。
仕方なく私は、言われるまま座ってキースを待つことにしたのであった。