「悪い悪い、待たせたな。……で? 何かあったのか?」
実行委員会の跡片付けを終えたキース。
無駄に察しが良いこの人は、平然を装っていた私の変化にも気が付いていたようで、こうして心配してくれてはいるのだろう。
それは有難くはあるけれど、人にはあまり触れられたくないこともあるわけで……。
とりあえずここは、待っている間に考えておいた適当な言い訳で切り抜けるとしようと思い、私が口を開こうとしたその時だった。
「はいストップ。メアリー嬢、今嘘付こうとしたろ?」
「は? な、何故そうなるの?」
「顔に書いてある」
私の魂胆を見透かしたキースは、悪戯な笑みを浮かべながら私の顔を指差す。
しかし、私はこれでも公爵令嬢。
貴族社会の中で、私は相手に本音を悟られない術を身に着けてきたはず。
だからこれも、恐らくはキースにかまをかけられたのだろう。
でも語り口調が自然で、意表を突かれて私も反応してしまったが最後。
私の反応を受けて、キースは顔に書いてあると言っているのだと理解したその時には、私は既に敗北しているのであった……。
「……はぁ、何でそんなに私に構おうとするのですか?」
「なんでって、そりゃ気になるからだろ」
「……なるほど、つまり面白がってるってことですね?」
「だから何でそうなる? 純粋に心配しただけだよ」
キースが? 私を?
いやいやいや、何でキースが私のことなんかを気にかける必要があるの?
キースはマジラブの攻略対象キャラクターであって、私はクロード様ルートに出てくる悪役令嬢。
そんな、モブよりも価値のない立場の私を、どうしてキースが気にするというの?
……まぁ、たしかにこの世界は、多分もうマジラブとは関係ない。
存在する人物が同じなだけで、ゲームシナリオとは別の世界線を歩んでいる。
だから私にだって、この先の展開なんて何も読めないわけだけれど、だからと言って何故という疑問が拭えるわけでもなかった。
「で? 何があった?」
「……そんなに気になりますの?」
「だから聞いている」
珍しく、真剣な表情を浮かべるキース。
つまりキースは、真剣に私を心配してくれているのだと分かってしまう……。
――まぁ、キースならいずれバレることか……。
別に言いふらすことではないが、秘密にしなければならないわけでもないのだ。
それにこれは、元々私から申し出たこと。
だからここで愚痴るぐらい、私にだって権利はあるはずだ――!
「……解消しましたの」
「解消……?」
「ええ、そうです。正式にクロード様と、婚約を解消いたしましたの」
言った。言ってしまった……。
でももう、どうでもなれって感じだ。
だって今の私はもう、自由なのですから!
「……あー、なんつーか、大変なことになってんだな」
「大変なことなんて何もありませんわ。むしろ今の私は自由ですの!」
「自由、ねぇ……」
「……何? 何か言いたげですわね?」
「いいや、何でもない。とりあえず、事情は分かった。だからクロードも……」
「クロード様が、何?」
「……いや、これも何でもない。でもそうか、なるほどな……」
私にはあれこれ聞いておいて、自分は何も教えてくれないキース。
でも何か考え込んでいるようで、文句を言う隙を見失ってしまった。
「――とりあえずだ。今度の魔法実技祭。俺もクロードも出場するのは知ってるよな?」
「ええ、それは勿論。でも、実行委員もやりながら出場するなんて、大変ですわね」
「俺がやるのは、準備までだからな。他に務まる人材もいないから、こればっかりは仕方ないさ」
たしかに、下級貴族では王家の方々のもてなしは知識レベルでハードルが高い。
それでも、私だって同じ公爵令嬢。
そのぐらいは手助けぐらいしても良かったのだが、そもそも私を気兼ねなく頼めるのもクロード様を除けばキースぐらいなものだった。
まぁこれも、上級貴族の定めってやつなのだろうと一人納得していると、キースが私の前へ近づいてくる。
「な、何かしら?」
「今度の魔法実技祭、俺は優勝する。だからメアリー嬢、俺が優勝したら少しだけ時間をくれないか?」
「時間? ええ、それは構いません、けど……?」
「よし、なら約束だ。俺は負けないから、応援よろしくなっ!」
何だかよく分からないけれど、やる気に溢れるキース。
まぁキースは魔法実技祭の出場者なのだ、同じ実行委員のよしみで応援しないこともない。
こうして何だかよく分からないけれど、最初の実行委員会を終えるのであった。