「おう、よろしくなっ! 今日は俺も負けないから、応援よろしく!」
「ええ、応援していますわ」
少し離れたところから、そんな仲睦まじいやり取りが聞こえてくる。
しかもその声は、俺の良く知る二人のものだった。
キース、そしてメアリー。
あの二人は、以前からあんなにも仲が良かっただろうか?
そんなどうでもいいはずの事が、気になってしまっている自分がいた。
それが何故かなんて、自分でも分かっている。
それは今キースと会話している相手、メアリーのせいであると――。
メアリー・スヴァルト。
この国の公爵令嬢にして、幼少の頃から付き合いのある俺の元婚約相手。
ここ最近までは良くも悪くも意識の外にあった存在だが、学園へ入学してからはメアリーに対する見方は明らかに変わっていた。
しかし俺は、一時の感情を抑えきれぬまま、この間メアリーに婚約解消を突き付けてしまったのだ。
あの時のあれは、完全に勢いだった。
弟のクライスとメアリーに対して、モヤモヤとした嫌な感情を抱いていた俺は、そのモヤモヤからくるイラつきを抑える事ができなかったのだ……。
どうしてあの時、俺はあんなにも感情に突き動かされてしまったのか。
普段であれば、あのような振る舞いをすることなど絶対にないはずなのに……。
自分でも、あの時の自分はよく分からなかった……。
あれ以降俺は、メアリーとは一度も会話をしていない。
最初は、自分が正しいと思っていた。
だからこれで良いのだと、自分で納得すらしていたのだ。
……しかし、時間が経つにつれて俺の考えも変わっていった。
どうしてあの時、メアリーに対してあんな言い方をしてしまったのか。
もっと別の言い方をすれば良かったのではないか。
メアリーの言うとおり、彼女は俺の婚約相手。
だからクライスとのことも、素直に打ち明けてしまえば良いのではなかったのか、など――。
浮かんでくる考えは、どれも後悔ばかり……。
つまり俺は、本心ではなかったのだ……。
本当はもっと、俺はメアリーと……。
……しかし、その事に気づいてもすべてが遅かった。
時間の経過とともに、メアリーと接するキッカケは失われていき、何も解決することもなく現在に至るのである。
「おう、クロード」
メアリーとの会話を終えたキースが、いつものように声をかけてくる。
既にメアリーは自分の持ち場へ向かったようで、もう姿は見えなかった。
「……何か用か?」
「なんだよ、今日は一段とつれないな? 悪いものでも食ったか?」
「食ってない」
いつもと変わらないキース。
そんなキースは何も悪くないと分かっていても、苛々を押さえることができない嫌な自分がいた。
キースも俺の態度の理由を分かっているのだろう、さっきまでの緩さを引き締めるように表情を変えると、改めて口を開く。
「なぁ? メアリー嬢となんかあったか?」
「……何故その話になる」
「見てれば分かるんだよ。理由は言いたくない感じか?」
「そんなことはない。だが詮索はしてくるな」
「なるほど? まぁ、話したくないならいいんだけどよ。俺は言いたいことがあるんだ」
「言いたいこと?」
「ああ。――どうやら俺は、メアリー嬢に惚れちまったみたいなんだ」
「なっ――!?」
驚きから、思わず声が漏れてしまう。
キースの表情を見れば、突然告げられたその言葉が嘘ではないことが伝わってくる。
――キースが、メアリーに惚れている!?
俺は驚きから、言葉を失ってしまう。
それは、キースがメアリーに惚れているからではない。
普段のキースの振る舞いを見ていれば、その感情を抱いているであろう事には納得がいくからだ。
じゃあ何故、俺はこれほどまでに驚いているのか。
それは、あのキースがその感情を俺に打ち明けてきたからだ――。
キースは俺にとって、幼少の頃からの兄弟のような存在。
しかしそれでも、俺達の間には公爵家と王家という明確な身分の差が存在する。
それはキース自身もよく分かっていることであり、いくらキースでも俺に宣戦布告するような真似をするのは相応のリスクが存在するのだ。
しかし、キースはそのうえで俺に告げてきた。
つまりそれは、キースが本気である証拠であり、恐らくキースはもう俺とメアリーの間に何があったのかも知っているのだろう。
「今回の魔法実技祭だが、俺は優勝したらメアリー嬢に気持ちを伝えようと思ってる。だからクロードには、そのことを先に伝えておこうと思ってな」
「……俺が、元婚約相手だからか?」
「まぁ、それもそうだが……分かってるんだろ?」
――分かってる? 何をだ!?
……そう言葉を荒げたくなるが、出来なかった。
何故なら、キースの言っている意味に気付いているから……。
――そうだ、俺はメアリーのことを……。
恐らくキースも、ただ自分の気持ちだけを押し通すつもりはないのだろう。
だからこそ、正々堂々ここで俺に告げてきたのだ。
であれば、俺のすることはただ一つ――。
「……そうだな。だがこの魔法実技祭、勝つのは俺だ」
「そう来ると思ったよ。んじゃ、お互い全力でぶつかり合おうぜ!」
俺の言葉に、キースは満足そうに頷く。
去って行くキースのおかげで、俺はようやく今の自分の立場、そして自分の気持ちを理解する。
つまりこの魔法実技祭、もうただのお祭りでは済まされない。
決して負けられない理由の出来た俺は、強い覚悟を決めるのであった。