私の手を引き、黙って前を歩くクロード様。
そんなクロード様に、私も何て声をかけて良いのか分からなかった。
ただ手を引かれ、お互いに無言で人気のない場所へと連れてこられる。
今日は魔法実技祭のため、学園自体は休校となっている。
故に校舎には人気がなく、端まで来れば周囲には誰もいない状況が生まれる。
「……こうするのが、最適だと思った」
「はい……」
私の手を解いたクロード様は、目を逸らしながら理由を説明してくれる。
最適とは、一先ず私を国王様から物理的に遠ざけることを言っているのだろう。
私もそれは分かっているため、ただ頷く事しかできない。
「……父上には、まだ何も話していないだけだ」
「はい……」
「……別に他意はない」
「はい……」
「……分かればいい。話はそれだけだ」
「はい……」
……だめだ、物凄く気まずい。
同じく気まずそうにするクロード様に、私はどんな風に振る舞えば良いのかも分からず、壊れたオモチャのようにただ同じ返事をする事しかできなかった。
それでも、一つだけはっきりとした事がある。
それは、私にとってもクロード様にとっても、私達の婚約解消の話は面倒以外の何物でもないということ。
お互いに立場があり、周囲からの期待だってある。
だから私達は、この点においては運命共同体とも言える。
しかし、事実は事実。
いずれどこかで打ち明けなければならないことだけれど、打ち明けるにしてももっと時と場合というものがあるのだ。
だからここは、タイミングを揃えるためにもお互い意識合わせをすべきだろうと提案しようにも、上手く言葉にできない自分がいた。
――どうして?
自分でも、その理由が分からない。
けれど、今その言葉を口にした瞬間、何か大事なものが崩れてしまうような気がする。
言えないのではなく、言いたくないと思っている自分が確かにいるのだ。
「……では、俺は行く」
そしてクロード様も、それ以上は何も言わなかった。
きっとクロード様だって、私と同じ事を考えたはず。
しかし、クロード様も言葉にはしなかった。
それはもしかして、私と同じことを考えていたから、とか……?
本人に確認しない限り、真実は分からない。
けれど、言葉にされなかった事にどこかほっとしている自分がいた。
立ち去って行くクロード様の背中を、私はただ無言で見送る。
以前は隣を歩いていたのに、その背中がとても遠くに感じられる。
婚約解消をして、もうどれほどの日にちが経っただろうか。
またこれから、会話すらない日々が続いていくのだろうか。
僅かではあったが、久々に触れ合った感触だけが手に残る――。
「そうだ」
すると、不意にクロード様が立ち止まる。
そして、何かを思い出したようにこちらを振り返る。
気のせいだろうか、その表情には何か覚悟のようなものが感じられる。
「今日の魔法実技祭、俺は絶対に負けない。無論、キースにもだ。それだけは、ここで伝えておこうと思った」
そして告げられる、クロード様の決意。
その言葉の真意は、やっぱり私には分からない。
けれど、私自身がどうあって欲しいのかぐらい、自分の事だからはっきりと分かる。
だから私は、クロード様の言葉に真っすぐ返事をする。
「……ええ、応援しておりますわ」
それは以前、キースにも送った言葉。
けれど今の言葉は、あの時とは違った感情が籠められている。
キースを応援したい気持ちは本当。
でも私は、やっぱりクロード様に負けて欲しくはないのだ。
だってクロード様は、主人公だから――。
マジラブだけではなく、今私が生きているこの世界の中で、主人公が務まるのはただ一人だけ。
それは前世の記憶を取り戻す前からの、私の中の変わらない答え。
そう、何があろうと、私の中の主人公はクロード様だけなのだと――。
「そうか」
返ってくるのは、たった一言だけ。
それでもクロード様の表情には、笑みが浮かんでいた。
それはあの日以来見ることの無かった、クロード様の優しい微笑みだった。
――応援しております。
たとえ婚約解消をしていようが、私はクロード様に勝ってほしい。
去り行くクロード様の背中へ、私は改めてエールを送るのであった。