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第53話 白熱

 フローラ、続いてもう一人の魔法披露を終えると、早いもので一年生からの出場は残り二名となる。

 この魔法実技祭、通常であれば上級生の扱う魔法の方がレベルは高く、それ故に学年順に披露するというのが通例となっている。


 しかし、今年は例外の年。

 先ほどのフローラ、そしてこれから登場するゲールにクロード様は、上級生相手にも全く引けを取らないほどの魔法の使い手。

 だからきっと、残る二人もフローラに負けず劣らずの凄い魔法を披露してくれることだろう。


 そんな期待の高まる中、先に登場してきたのはゲールだった。

 ゲールと言えば、マジラブの攻略対象の中でも特に魔法の才能に恵まれたキャラクター。

 それこそ、この魔法実技祭の時点ではフローラをも超える魔法を扱えており、ゲームではそのまま上位入賞を収めるというシナリオだった。


 しかし、ここはもうゲームの世界ではない。

 ゲームの中だと、この魔法実技祭がキッカケでフローラとゲール二人の距離が一気に縮まるのだが、既に二人の仲はかなり縮まっているのだ。

 つまり、既にゲームとは大きく異なっているこの世界において、この魔法実技祭がどのような結末を迎えるのかは全く予想は付かないのである。


 これからゲールが、みんなの前で一体どんな魔法を披露してくれるのか。

 私は期待と不安を抱きつつも、今は友人としてゲールの活躍を端から見守る事しかできない。


「……あんまり人前に立つのは得意じゃないんだけどなぁ。ま、これもアピールチャンスってことで。――食らい尽くせ、デス・シャーク」


 他の出場者とは異なり、イマイチやる気の感じられないゲール。

 しかし、ブツブツと呟きながら詠唱されたその魔法は圧巻の一言だった――。


 魔法の発動と共に、現れたのは黒い靄。

 会場一帯を靄が覆うと、その靄の中から突如として黒い巨体が勢いよく飛び出してくる。

 その黒い巨体は鮫のような形をしており、数も一匹や二匹ではなく軽く十は超えている。


 鮫達は食料を欲するように、その大きな口を広げながら絶え間なく靄の中から飛び出してくる。

 もしそこに生物がいれば、間違いなくその鮫達に捕食されてしまうのだろう。

 そんなあまりにも禍々しく、恐ろしいその魔法を前に、会場もシーンと静まり返ってしまう。


 これはあくまでも、魔法の技を競い合うお祭り。

 しかし、もしこの魔法が実際に攻撃手段として放たれた事を思うと、その恐ろしさに学園の先生達までも驚きを隠せないご様子だ。

 魔法の天才と謳われるゲールの真の実力は、最早学生の領域から飛びぬけているのであった。


 パチンッ。


 ゲールが指を鳴らすと、黒い靄が消えていく。

 絶えず飛び出していた鮫の姿もなくなり、まるで何事もなかったかのように辺り一帯が元通りとなる。


 そのままゲールは何も言わず、一礼だけすると会場を後にする。

 そんなゲールに対して、会場からは僅かばかりに拍手が送られる。

 それは決して、今の魔法に対する評価が低いからではない。

 むしろその逆で、先ほどの魔法の凄まじさに、みんなまだ驚愕を隠せていないだけ――。


 きっとゲールは、将来この国でも重要なポジションを務めることになるだろう。

 それはマジラブの中では出てこなかった結末だけれど、そう思わされるほど今の魔法はあまりにも圧倒的過ぎたのであった――。


「やれやれ、今の後では少々やりづらいな……」


 ゲールと入れ替わる形で、会場へ姿を現したのはクロード様。

 クロード様から見ても、先ほどのゲールの放った魔法は圧倒的だったのだろう。

 少しやり辛そうに、苦笑いを浮かべている。


「……でも、こっちにも負けられない理由があるのでね」


 しかし、クロード様は決して諦めてはいなかった。

 そんなクロード様に対して、会場からは割れんばかりの声援が沸き起こる。


 それもそのはず、クロード様はこの国の第一王子。

 こうして会場が大盛り上がりとなるのは最早当たり前。

 加えてあのルックスである、向けられる声援の中には黄色い声も多く混ざっている。


「クロード様ですわ!」

「ええ、やっぱり素敵ですわね!」


 実行委員の中からも、黄色い声が聞こえてくる。

 そんな光景を前に、私は何だかモヤモヤとした嫌な感情を抱いていることに気付く。

 その感情の正体こそ分からないが、面白くないと感じているのは確かだった。


 それでも、今はクロード様を応援しよう。

 だって私は、そうクロード様と約束したのだから。


 ――頑張ってください、クロード様。


 私は心の中で、クロード様へエールを送る。

 するとクロード様も、私がここにいる事に気付いたご様子で、私へ向けてふっと笑みを向けてくれるのであった。


 トクン――。


 胸が大きく、脈打つような感覚がする。

 そして気が付くと、先ほどまで抱いていたモヤモヤとした感情もどこかへ消え去っているのであった。


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