突然告げられた、クロード様の想い――。
それは全くもって、予想外のものだった――。
この世界は、乙女ゲームMagic Loveの世界。
けれど現実には、ゲームとは全く異なる未来へと突き進んでいる。
だからクロード様が、ヒロインであるフローラではなく別の誰かに恋をするのは本人の自由だ。
けれどその矛先が、自分へ向けられるとは思いもしなかった――。
だってゲームの中の私は、クロード様によって追放される存在。
それはこの世界でも同じで、記憶を取り戻す前の私は高飛車な悪役令嬢そのものだったのだ。
だからこそ、理解が追い付かない。
よりにもよって、追放対象にも成り得たこの私に対して、クロード様の方からそんな言葉を告げられるなんて思いもしなかったのだ――。
「だが、返事はまだいい。俺の気持ちを、知っておいてくれるだけでいいんだ。婚約相手だからではなく、メアリー自身がどう在りたいかを大切にして欲しいから」
「私、自身……」
「そうだ」
私自身が、どう在りたいか……。
それは、ここ最近私が抱いていた悩みとも重なる。
だからこそ、それをクロード様から告げられた事に驚いてしまう。
トーマス、そしてクライス様にクロード様。
どうやら私は、自分でも知らぬうちに多くの人に好かれていたようだ。
……ううん、それも違う。
私はずっと、気付こうとすらしていなかっただけ。
この世界のヒロインはフローラで、私はただの悪役令嬢。
そう信じ込んでいた私は、自分の事だというのにずっと客観的に考えてきた。
……だからもう、そういうのはやめにしよう。
私はずっと、自由を求めてきた。
その自由とは、自分に嘘をついたり、本来見えているものを見ない事では得られるものではないから。
「……分かりました」
だから私は、クロード様のお言葉に甘える。
でもそれは、決して答えを先送りするためではない。
私はクロード様や他のみんなに対して、これからしっかりと向き合う事を決意する。
婚約とか、誰かが決めたことではなく、私自身がどうありたいか――。
私は本当の意味で、自分自身がどう在りたいのか向き合わなければならない。
それこそが、私が求めている自由そのものだと気付かせて貰えたから。
「では、そろそろ戻るとしよう。今日は来てくれてありがとう。嬉しかった」
「……いえ、こちらこそお誘いいただいて、嬉しかったです。今年もクロード様と過ごす事が出来て、わたくしは幸せですわ」
だから私は、気付かせてくれたクロード様へ感謝する。
しっかりとご自分の気持ちを告げてくれた王子様と、改めて向き合う覚悟とともに――。
「――そうか、なら良かった」
クロード様のお顔には、屈託のない笑みが浮かんでいた。
その笑顔はどこか、子供の頃一緒に遊んでいた時と重なって見えるのであった。
◇
「失礼するよ」
クロード様が去って暫く経った頃、ノックとともに部屋へとやってきたのは、まさかのクライス様だった。
食事会の前の険悪さは完全に消え去っており、いつものクライス様に戻っているように見える。
「ねぇ、今日は泊っていくんだよね?」
「え、ええ、そうですわね」
「じゃあ、今日は時間を気にせずにお喋りできるね!」
そう言って、無邪気な笑みを向けてくるクライス様。
そのまま部屋のソファーへ腰かけると、対面の席へ座るように促される。
しかし、先ほどクロード様から想いを告げられた私には、クライス様と向き合う余裕なんて正直なかった。
だから出来る事なら一人になりたいのだけれど、相手はクライス様のため邪険に扱う事も出来ない私は、言われるまま向かいのソファーへと座るしかなかった。
「あれ? メアリーさん、何かあった?」
「え? い、いえ、何もありませんわよ?」
「んー、本当かな? 僕さ、人の変化を感じ取るのとか結構得意なんだよね」
平静を装っていたつもりが、クライス様に見透かされてしまう。
咄嗟に誤魔化すも、それが仇となったのかクライス様はニヤリと微笑む。
「ねぇ、本当は兄上と何かあったんでしょ?」
「……別に、何もありませんわ」
「始まりの日に一緒に食事会までしておいて、何も無い方が不自然だと思うけど?」
「そ、そう言われましても……」
「まぁ、言いたくないならいいよ。でも、僕が今日一日どんな気持ちで過ごしていたか分かる? 今日だけじゃない、これまでずっとだよ」
クライス様の言葉に、私は何て返したらいいのか分からなくなる……。
私はクロード様のおかげで、自分と向き合う覚悟を決めることができた。
だからこそ、そんなクライス様の気持ちに対しても向き合うべきだと分かってはいるが、こういう時の適切な言葉が思い浮かばない……。
「ねぇ、メアリーさん。僕に何か嘘を付いてるでしょ?」
「嘘……?」
「うん、何か大切なことを僕に隠している気がするんだ」
クライス様への隠しごと――。
あるとすれば、それはクロード様との関係ぐらいだろう。
しかしその事は、私達以外にはキースぐらいしか知る者はいないはず。
キースがクライス様に伝えているとも思えないし、これもクライス様に見透かされてしまっているという事だろうか……。
「本当は、兄上と何かあったんじゃないの?」
「……どうして、そう思われるのです?」
「理由なんてないよ。でも僕には分かるんだ。――例えばそうだな、実は兄上と婚約解消している、とか?」
薄っすらと笑みを浮かべながら、これまでの私達の関係を完全に言い当てるクライス様。
驚いて思わず顔に出してしまいそうになるも、ぐっと堪えて平静を装う。
「駄目だよメアリーさん。その反応は、逆に肯定しているようなものだよ」
「そんな事は――」
「あるよ」
……しかし、クライス様相手ではやっぱり通用しなかった。
私の反応を楽しむように、可笑しそうに微笑むクライス様は言葉を続ける。
「まぁ、実は前々から気付いてはいたんだ。だって、最初は全く嚙み合ってなかった二人が、ある日を境に急に近づいたかと思えば、また余所余所しくなっていたり。だから僕も、もしかしてと思ったんだよね。これは、メアリーさんがどうこうと言うよりも、兄上は感情を表に出さない分、逆に変化が分かりやすいからね」
そう前置きして、クライス様は言葉を改める。
「でも驚いたよ、本当にそうだったみたいだね。――つまり僕にも、チャンスが生まれたってわけだ」
もう私が、何と答えても結論は変わらないのだろう。
既にクライス様の中では、確信に変わってしまっているから。
そんな計り知れないクライス様を前に、私はどうする事もできないのであった――。