私とクロード様の関係を見透かしたクライス様は、それから嬉々として私に色々と質問してくる。
私はまだイエスともノーとも答えてはいないが、クライス様の中では既に確定事項なのだろう……。
それでもクライス様からの質問は、私の好きな食べ物だったり好きな場所、更にはロマンス小説についての話など、クロード様との関係をそれ以上踏み込んでは来なかった。
だから私も、戸惑いつつも素直に答える。
私が好きな物に対して、クライス様はどれも本当に興味深そうに聞いてくれた。
特にロマンス小説に理解を示してくれたことは、ロマンス小説オタクな私にとって素直に嬉しかった。
「僕はさ、メアリーさんのことをもっと知りたいだけなんだ。理由はもちろん、好きだからね」
「あ、ありがとうございます」
……うう、こうもはっきりと愛を告げられるとさすがに恥ずかしい。
でもクライス様は、分かっていて真っすぐに好意を向けてくれているのだろう。
だから私も、そのお気持ちから逃げることは許されない。
相変わらず、クロード様との関係は悪いようだけれど、残念ながらその理由は分からない。
けれど、それを理由に向き合うか否かはまた別の話。
私はしっかりと、自分自身で答えを導き出さなければならないのである。
「……やっぱり、メアリーさんは素敵だね。こんな状況でも、真っすぐ向き合おうとしてくれるんだから」
「それは、当然のことですので」
「あはは、そんなことないよ。誰がどう考えたって、メアリーさんは僕達兄弟に板挟み状態で、こんなの面倒以外の何物でもないと思うよ」
そう言って、少し自虐気味に笑うクライス様。
正直に申し上げて、全くもってその通りだと思ってしまった私は一切笑えないのだけれど……。
「どうせ兄上は、僕達のことは何も聞かせてくれていないのでしょう?」
「それは……はい」
「いいよ、なら僕から教えてあげる。だってこの話は、メアリーさんも関係しているからね」
「わ、私もですか!?」
お二人の兄弟喧嘩に、何故私が……!?
と驚いてはみたが、改めて今の状況を考えてみれば何も不自然なことではなかった。
きっとこれから、何か大事なことを告げられるのだろう――。
そう覚悟を決めて、私はクライス様に改めて頷くのであった――。
◇
ある日突然、兄上とメアリーの婚約が決まった。
それはあまりにも急すぎて、僕は全く理解が追い付かなかった。
けれど、今にして思えばどこか府にも落ちていたのだと思う。
病弱な僕ではなく、兄上の方がメアリーに相応しいと――。
この先、ちゃんと生きているのかすら分からない自分より、健康な兄上の方が当然将来性はある。
そんな、自分ではどうしようもない問題が存在する以上、僕にはそもそも選択の自由などないのである……。
しかし僕は、ある日使用人達の会話を耳にする事となる。
兄上とメアリーの関係が、どうやら上手くはいっていないと――。
悔しさとやるせなさ。
二つの負の感情に支配された僕は、その日から人生の目標を抱くことになる。
それは病気の克服と、この国で一番の魔法の使い手となること。
病気なんか克服して、兄上なんかよりも自分の方が優れていると父上――そして何より、メアリー自身に分からせる。
その明確な目標を抱いた僕は、その日から人として大きく変わることとなった。
それから数日後のことだった。
すっかり自室に籠りがちだった僕の部屋へ、久々に兄上が訪ねてきた。
既に使用人達の会話を聞いていた僕は、正直兄上の顔なんて見たくもなかった。
今更何の用だと思いながら、すぐに追い返そうとした。
けれど兄上は、そんな僕に対して申し訳なさそうな顔をしながらこう言ってきたのである。
「……クライス、メアリーの事が好きなんだろう?」
と――。
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが吹っ切れた。
婚約相手という僕が欲しかったものを手にしておきながら、その立場すらも守る事ができない人間が、まだ僕の心の内をかき乱そうとするのかと――。
「だったら、なんだって言うんだ!?」
僕は初めて、兄上に対して声を荒げた。
そんな僕を前に、兄上は何故か苦しそうな表情を浮かべる。
その理由も分からなくて、僕の機嫌は増々悪い方向へと振り切れていく。
「何で、兄上がそんな顔をするんだ!? 辛いのは僕の方なのに!!」
「……そう、だよね」
「はぁ!? 分かっているなら、何故!?」
「……すまない」
「謝られても困る!!」
湧き上がってくる感情の全てを、僕は兄上にぶつける。
そんな僕の言葉に対してもなお、兄上は歯切れの悪い言葉しか返してこない。
その態度もまた、僕を苛立てるのには十分だった。
「じゃあ何? 謝るってことは、僕にメアリーさんをくれるとでも言うの?」
だから僕は、ついそんな有り得ない言葉を口にしてしまう。
だって兄上も、メアリーのことが好きなのだから。
いつも一緒にいて、同じ気持ちを抱いていた僕が一番よく分かっている事だ。
メアリーの事が好きな兄上が、手放すはずがないと思いながら――。
「……ああ」
しかし、兄上からの返事は予想外のものだった。
絶対に拒むと思っていたのに、あろうことか兄上は僕の言葉に頷いたのである。
「……は? 何それ? 下らない嘘は止めてよ」
「嘘じゃない……」
「嘘だ!! 兄上は、メアリーさんの事が好きなんでしょ!? それを僕が気付いていないとでも!?」
「好きじゃ、ない……」
「何それ……」
目を逸らしながら、分かり切った嘘を付く兄上。
僕は別に、そんな嘘を聞きたかったわけではない。
さっきまでの高ぶりはどこかへ消え去り、代わりに僕の中には冷たい感情が広がっていく。
――ああ、そういうことか。
兄上は、僕を憐れんでメアリーを譲りにきたのだ。
本当は自分も好きな癖に、僕にも自分にも嘘を付いて――。
――ふざけるな。
そんな嘘、受け入れられるはずもない。
僕は正々堂々と、メアリーを振り向かせるために自分自身と向き合っているのだ。
それなのに兄上は、ただ与えられたものをその場凌ぎに手放そうとしている。
それが分かってしまった瞬間、僕の中で明確な変化が起きた。
もう兄上は、兄弟ではなく情けない敵なのだと――。
そんな人間から、与えられたくもないし、哀れみを向けられたくもない。
代わりに僕の中で、ある決心が生まれる。
こんな情けない兄上から、僕がメアリーを奪ってやればいい、と――。