目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第71話 過去②

 僕の中で兄上が、兄弟から敵へと変わった。

 その日以降、僕ははっきりと兄上との会話を拒むようになった。


 それは兄上も同じで、あの日以来僕と向き合おうとはしてこなかった。

 とは言っても、僕たちは王家に生まれた者同士。

 完全に不干渉となるわけもいかず、顔を合わせる場面は少なからず訪れる。


 だから僕も兄上も、表面上は普通の兄弟を演じる。

 でも兄上は、明らかに僕に対して遠慮をしている事が分かった。

 あの時の一件以降、兄上も取り返しのつかない事をしたのだと理解しているのだろう。

 だから僕も、そんな兄上を利用しながら都合よくやり過ごしていた。


 僕だって、分かってはいたのだ。

 あの時兄上は、僕のためを思って言ってくれたのだと。


 しかし、それでも僕は兄上を許すことはできなかった。

 自分の事は二の次にして、そんな風に哀れみを向けられるぐらいなら、僕の方から願い下げだと。

 そうやってただ与えられたものに、何の価値もない事は兄上だって分かっているはず……。


 でもそれを言うなら、兄上も同じなのかもしれない。

 僕の気持ちを知りながら、父上の決めた婚約相手としてメアリーを手に入れることに、兄上も兄上なりの葛藤があったのかもしれない。


 それでも、全てが後の祭り。

 どういう理由があろうと、あの時あの言葉を向けてきた時点で、僕の中で兄上は明確な敵へと変わってしまったのだから――。


 でも、これは僕にとって追い風でもあった。

 兄上が僕にとっての敵になってくれたおかげで、僕の生きる目標がはっきりと定まったのだから。


 そうして時が経ち、僕も成長した。

 病弱だった身体も徐々に回復し、日常生活を送る分には特に支障もなくなっていた。


 加えて、努力し続けてきた甲斐もあり、魔法スキルも相応のものが得られた。

 恐らく同世代の人には、まず負けないであろうレベルにまで達することだってできた。


 そして兄上の方はというと、相変わらずメアリーとは上手くいっていないようだ。

 兄上の方からメアリーを遠ざけているという話を耳にしたが、前よりも関係は深刻化しているのだとか。

 理由は知らないが、僕はざまぁみろという気持ちを抱きつつ、僕は僕のために行動を開始した。


 まずは社交界で、久々にメアリーとの接触。

 それから、敢えて兄上を使ってメアリーを呼び出してみたりもした。


 久々に会うメアリーは、昔と変わらず素敵な人のままだった。

 こんな女性を遠ざけている兄上は本物の馬鹿だと思いながら、僕はメアリーとの接触を徐々に増やしていくことにした。


 そんな僕に対して、兄上は何も言ってこなかった。

 そもそも兄上には、僕に何か言える資格すらないのだから当然だ。


 そして今日、ついに始まりの日がやってきた。

 去年までと違い、今日兄上達はランチではなくディナーを一緒するという。

 何も理由がなく、そんな変更はしないだろう。

だから恐らくは、そのまま食事をして解散というわけでもないのだろう。


 だから僕は、初めて焦りを覚えた。

 兄上からメアリーを奪い取るのは簡単だと思っていたけれど、時間を置き過ぎるのは得策ではないだろう。


 それに僕は、兄上自身の変化にも気づいている。

それは、魔法実技祭の日の帰りのこと。

 ずっと不仲だと思っていた二人の距離が、以前よりも近くに感じられたのだ。

 二人ともどこか余所余所しく、一見すれば遠ざかったように見えなくもないが、それは確実に二人の間に何かが起きている証拠。


 そんな二人の変化に、僕の警戒心は高まっていく。

 仮に兄上の変化だけであれば、僕がここまで動じる事も無かっただろう。

 しかしその変化は、兄上だけでなくメアリーにも感じられたのだ。

 それが僕にとって、最大の予想外であった――。


 確実に二人の心の距離は近づいている。

 でも何か理由があって、それを阻害しているように思えた。

 だから、まだ大丈夫……。

 でも、もしもその阻害要因が無くなったとしたら……?


 そしてきっと、その阻害要因もすれ違い程度のもの。

 だから何かの拍子で、簡単に外れてしまうかもしれない。

 だとすれば、僕も行動を早めなければならない。

 そう決断した僕は、まずは二人のことを確かめる事にした。


 僕は兄上を無視して、王城へやってきたメアリーの事を誘う。

 赤いドレスを身に纏うメアリーの姿は、思わずそのまま見惚れてしまいそうになるほど本当に美しかった。

 そんな僕に対して、これまでの兄上ならば何も言わず僕のやりたいようにやらせていただろう。


 しかし、兄上は初めて僕に対して反論をしてきた。

 僕が突っぱねても、決して兄上は引こうとはしなかった。

 その頑なな態度に、僕もつい感情を露にしてしまったけれど、これで確認は取れた。


 兄上は、本気でメアリーを手に入れようとしているのだと――。


 そして、得られた情報はこれだけでなかった。

 僕と兄上が言い合っているその横で、驚きながらも頬を赤らめるメアリーの姿。

 その理由が、もしも兄上にしっかりと手を繋がれているからだとしたら、やはり僕に与えられた猶予は少ない事を意味していた。


 だから僕は、今日早速行動に移す事にした。

 今日はメアリーが泊っていく事を知った僕は、全てを確認するためメアリーの泊る部屋を訪れるのであった――。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?