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第72話 決心

「――まぁそういうわけだから、僕と兄上が拗れているのは、簡単に言えばメアリーさんを奪い合った結果ってわけ」


 クライス様の口から語られる、私の知らない真実――。

 二人が私の事ですれ違いを起こしていたなんて、これまで全く思いもしなかった。


 しかし、これが作り話である必要もないし、今語られた事は真実なのだろう。

 思えば婚約が決まって以来、たしかにクロード様が余所余所しくなった気はしていた。

 それにクライス様の姿も見かけなくなったし、婚約が決まってから私を取り巻く環境が大きく変わった事を思い出す。


 婚約が決まってからというもの、私は公爵令嬢としての立ち振る舞いを叩きこまれた。

 何より、クロード様のお相手として相応しい人物であれるよう、私自身が常に意識をしてきた。

 故に、私は心を殺してでも冷徹な公爵令嬢として振る舞う事だって厭わなかった。


 ……そうして私は、乙女ゲーム『マジラブ』に登場する、ゲーム内でも最低最悪の悪役令嬢になっていったのだ。


 そんな私のことを、前世の私はゲームをプレイしながら客観的に見ていた。

 ゲーム内のメアリーが嫌われているのは、性格の悪さが原因だとしか考えてこなかった。

 だから、それさえ改善する事ができれば、私も破滅せずに済むだろうとずっと考えていたのだ。


 ……しかし、実際はそうではなかった。

 クロード様が私から距離を置くようになったのは、もっと他の理由があったから。

 そう考えると、自分の中でも色々としっくりくる。


 私は私で、ずっと空回りを続けてきた。

 それは私だけではなく、きっとクロード様やクライス様だってみんな同じ。

 しかもこれは、過去の話ではなく現在進行形で――。


「メアリーさんはさ、今の話を聞いてどうしたいって思った?」

「どう、したい……」

「そう、どうしたい?」


 真剣な眼差しで、クライス様は問いかけてくる。

 クライス様がここへくる前、私はクロード様のおかげで覚悟を決めることができた。


 クロード様だけでなく、トーマスからの告白だって受けた。

 だからこそ私は、自分自身と向き合おうと思える事ができたのだ。


 ……そして私も、分かった事がある。

 私が向き合うべき問題は、時間をかければ解決するものではないということ。


 この世界はもう、ゲームのシナリオではない。

 時と共に考えだって変わる事があるし、その中で選択を繰り返していく必要がある。

 だからこそ私も、その時々で選択を繰り返していかなければならないのだ。


 もう空回りはしたくない。

 私はみんなのためにも、そして何より私自身のためにも、私はクライス様の問いかけに対する「答え」を選択する――。



「わたくしは……クロード様と、もう一度お話してみようと思いました」



 クライス様のおかげで、私は過去の真実を知ることができた。

 そして今、私の心の中に浮かび上がっているもの。


 それは、やっぱりクロード様のことだった。


 これまでクロード様は、心の内を表に出す事はなかった。

 けれど今日、そんなクロード様がお気持ちをしっかりと言葉で伝えてくれたのである。


 それに対して、私はどうだっただろうか……?

 私は私の中にある感情を、一度でも言葉にした事が無いではないか。


 思いを言葉にすることは、きっと勇気と覚悟が必要だったはず。

 それは自分に置き換えてみれば、痛いほどよく分かるから。


 だからこそ私は、改めて向き合いたいと思った。

 今ならきっと、自分の素直な気持ちを言葉に出来るような気がするから――。


「……なるほどね。メアリーさんがそうしたいと思うなら、僕ももう止めないよ」

「……いいのですか?」

「あはは、僕だって馬鹿じゃない。何となく、こうなる事は分かっていたんだ。まぁ俗に言う、悪あがきってやつさ。 ――それに僕だってね、本当はそろそろ兄上と仲直りをしても良いと思っていたんだ。僕らのこれからの立場を考えれば、いつまでも兄弟でいがみ合ってもいられないだろうからね」


 そう言ってクライス様は、苦笑いを浮かべる。

 でもその表情は、どこか肩の荷が下りたような、すっきりしているようにも見えた。


「だからこそ兄上、そしてメアリーさんには、しっかりと自分で答えを出して欲しかった。嘘とか建前とか、誰かに与えられた結果ではなく、ちゃんと自分の本心で向き合って欲しかったんだ」


 その言葉とともに、クライス様は立ち上がる。


「僕も来年、魔法学園に入学するよ。だからこの先、どういう未来が待っているのかは誰にも分からない。――そのうえで、僕は自信があるんだ。兄上なんかより、僕の方がずっと魅力的な人間になってみせるってね」

「……ええ、今でもクライス様はとても魅力的ですわ」

「いや、今分かられても困るんだけどなぁ」


 おかしそうに笑うクライス様につられて、私も一緒に笑う。

 こうして自然にクライス様と笑い合うのは、まだ私達が三人一緒だった頃以来だ。

 あの頃の私は、クライス様より一つ年上のお姉さん的立場だった。

 でも今は、私なんかよりクライス様の方がよっぽど大人だなと思えた。

 それはきっと、クライス様は以前よりずっと自分と真正面から向き合い続けてきたからだろう。


 ――よし、私も追いつかなくちゃ!


 去っていくクライス様を見送りながら、私は改めてそう決意するのであった。


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