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第74話 打ち明け

 幼少の頃ぶりに足を踏み入れた、クロード様の自室。

 入って最初の正直な感想は、殺風景だった。


 とは言っても、何もないわけではない。

 置かれている一つ一つの物はどれも高級品だ。

 でもそれ以外は特に何もなく、何ていうか生活感の感じられないお部屋だった。


 きっとクロード様は、ここでは帰って勉強するか、睡眠するかしかしていないのだろう。

 広い部屋の中にポツリと置かれた、勉強用と思われる机。

 しかし、よく見るとその机のうえには、何やら本が数冊積まれている事に気が付く。


「あら? クロード様も読書を?」

「ま、待て!」


 気になって私が机へと近づこうとすると、何やら慌てた様子でクロード様に止められてしまう。

 驚いて足を止めると、クロード様は分かりやすく慌てている。


 ――え、そんなに恥ずかしがるもの?


 置かれているのは、別に普通の本だ。

 それこそ、何の変哲もない私の愛読しているロマンス小説と同じぐらいのサイズの……。

 そこで私は、一つの本の背表紙で目が止まる。


 『好きが言えない私と、隙が見えない王子様』


 それは、歴代のロマンス小説の中でも特に人気の高いタイトルだった。

 何を隠そう、私の心のベスト10にも入っているほどの、名作中の名作タイトルなのである。


 でも、どうしてこんなロマンス小説がクロード様のお部屋に……?

 不思議に思う私に対して、クロード様は諦めるように溜め息をつく。


「……メアリーがこういう本を好きだと聞いたから、買ってみたのだ」

「え? わ、私!?」

「そうだ、他に何がある……」


 つまりクロード様は、私が好きだからという理由で、あの本を買い揃えたという事だろうか……?

 もちろん、私の趣味に興味を抱いていただけるのは素直に嬉しい。

 ロマンス小説仲間が増えるのなら、超絶大歓迎だ。

 ただ、まさかクロード様がこのような事をされるとは正直思わなかった。


「……メアリーの事を、もっと知ってみたいと思ったのだ」

「あ、ありがとうございます。それで、本の感想は……?」

「まぁ、なんだ……ちゃんと全部面白かった」


 恥ずかしそうに、感想を打ち明けるクロード様。

 たしかにこれらは、男性ではなく女性に向けて書かれたもの。

 でも別に、男性だって楽しめるに違いないと思っていた私は、クロード様から面白かったとおっしゃっていただけた事に歓喜する。


「ですよねっ!? 私、この作品本当に大好きなんですっ!」

「そ、そうか」

「はいっ! 最初は中々素直になれない王子様だけど中盤からはヒロインにも心の内を見透かされるようになって隠しているつもりなのにバレてしまう度に挙動不審になってしまう姿も可愛くて王子様の普段とのギャップが堪らないと申しますか――あっ! そう思うと少しクロード様にも似てるところがあるかも!?」

「に、似てる!? 俺にか!?」

「あっ……い、いえ、何でもないですぅ……」


 ぐぁあああ!! しまったぁあああ!!

 つい内なるオタク心が暴走して、オタク特融の早口とともに余計な事まで口走ってしまったぁあああ!


 ……でも、本当に似ていると思ってしまったのだから仕方ないじゃない。

 以前のクロード様は、全然素直じゃなかったし感情を表に出そうともしていなかったのだから。

 似ているというか、王子様なところも含めて本人なんじゃないかってぐらいソックリだ。


「……いや、実はな……俺も読みながら感じていた事だ。本に出てくる王子様と似て、俺も全然素直じゃないからな」

「べ、別にそこまでは言っておりませんわっ!」

「じゃあ、違うと言うのか?」

「いや、それは……」

「それみろ、違わないではないか」


 言い淀む私に、クロード様は呆れるように笑う。

 私の長所だと思っていた嘘のつけない性格が、まさかこんなところで仇となろうとは……ぐぬぬ。


「まぁ何はともあれ、俺は食わず嫌いだったのだな。いや、無知だったの方が正しいか。まだまだ俺の知らない楽しみが、世の中には沢山ある事を知る良いキッカケになった」

「……そうおっしゃっていただけるのなら、私も嬉しいです」

「ああ、これも全部メアリーのおかげだ」


 先ほどとは変わり、自然な笑みを向けてくるクロード様につられるように、私も一緒に微笑む。

 たかがロマンス小説だが、こうしてクロード様が何かを掴むキッカケになれたのなら私としても嬉しい事だから。

 今度、私のオススメも紹介してみようかな。


「……すまん、脱線したな。それで、話とはなんだ?」


 おっといけない、そうだった。

 今私は、クロード様に大切なことを伝えたくてここにいるのであった。


 仕切り直すクロード様に促されて、私はクロード様と向かい合う形でソファーへと腰かける。


 窓から差し込む朝日は心地よく、一日の始まりを感じさせる。

 たとえどんな夜があろうと、こうして必ず朝はやってくるのだ。


 そう、何も遅くなんてない。

 私達だって、今ここからスタートする事だってできる。


 ――よし、大丈夫!


 私は周囲のみんな、そして自分自身と向き合う覚悟を決めたのだ。


 後ろ向きではなく、もっと前向きに――。

 クロード様が思いを伝えてくれたように、私も素直に今の思いを伝えよう――。


 そう決心し、私はクロード様を真っすぐ見つめながらゆっくりと口を開く。


「……クロード様、わたくしもあれから一晩色々と考えてみました。そのうえで、これからわたくしの気持ちをお伝えしたいと思います」


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