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第75話 巻き戻し

「……クロード様、わたくしも一晩色々と考えてみました。そのうえで、これからわたくしの気持ちをお伝えしたいと思います」


 私の言葉に、クロード様は一度大きく目を開くと、覚悟を決めた様子で頷く。

 それを了解の合図と受け取り、私は言葉を続ける――。


「クロード様に、一つ提案させていただきたい事があるのです」

「提案……?」

「はい。――良ければわたくしと、もう一度婚約関係に戻りませんか?」


 私は躊躇なく、一晩考えた結論をはっきりとお伝えする。

 昨晩クロード様は、私に対してお気持ちを伝えてくださった。

 その思いに対して、私はしっかりと向き合いたいと思っている。


 しかし、今の私達の現状はというと、周囲には秘密にしながらの婚約解消状態……。

 故に、向き合おうにも向き合えない中途半端な状態なのである。


 だから私は、まずは関係を元通りにすることからのスタートだと考えた。

 今度は本当の婚約相手として、改めてお互いに向き合うべきだと思ったから――。


「しかし、それでいいのか? 婚約相手に戻るという事は、もう立場上逃れられなくなるのだぞ? ……俺は正直、メアリーを縛ってまで自分のものにしようとは思っていない、というか……」


 クロード様のおっしゃる通りだ。

 私が婚約相手に戻るという事は、再びどちらかが解消を申し出ない限りそのまま結婚する事となる。


 でもそれは、クロード様の本意ではないのだろう。

 きっとクロード様は、私が自由に選択できる状態のうえで、正々堂々と私と向き合おうとしてくれているのだ。


 ……でもそれは、私の意思でもない。

 そんな形にばかり拘って、本当に大切にすべきものを見失っては本末転倒だと思うから。


 それにどのみち、今の私達は中途半端な状態なのだ。

 だから今更取り繕おうにも、私達にできる選択は二つしかないのである。


 一つは、私達が婚約解消している事を公表すること。

 そしてもう一つは、再び婚約関係に戻ること。


 仮に前者を選んだ場合、私達は正式に婚約解消状態となるだろう。

 そうなれば、私はきっと自由な状態になる事ができる。

 でもそれは同時に、再びクロード様と向き合う事が困難になる事も意味する。

 やっぱり元に戻りますだなんて、きっと周囲は許してくれないだろうから。

 つまり婚約とは、本来それぐらい重たい契りなのだ。


 だからこそ、私達が本当の意味で向き合おうと思うなら、取れる選択は最初から一つしかないのである。

 頭のいいクロード様も、すぐにこの結論にも気付いたのだろう。

 納得はせずとも、それしか選択肢がない事に悔しさを露にする。


 だからこそ私は、そんなクロード様へ言葉を付け足す。


「クロード様は、何か勘違いをされているようです。私は今、私の気持ちをお伝えしたのですよ? つまり、それしか選択肢がないからではなく、私がそうしたいと思ったからそうしたのです。――もう一度クロード様と、今度は本物の婚約相手として向き合いたいと思っているから」


 そう、これこそが私の意思――。

 これまでの仮初の婚約相手ではなく、今度は本当の婚約相手としてお互いを理解し合う。

 そのうえで、もしそれでも上手くいかないのであれば、その時こそ正式に婚約解消を公表すればいいのである。


「……なるほどな。そうだな、それしかないわけだ」

「そういう事です」

「分かった。――それから、ありがとう」


 私の考えを理解してくださったうえで、クロード様は納得するように微笑んだ。

 こうして私達は、再び婚約関係に戻る事となった。


 けれど、戻ると言ってもゼロに戻ったわけではない。

 だって、今度こそ私達は本当の意味で婚約相手となるのだから。


 これまで色々とあったからこそ、今の私たちがある。

 随分と遠回りはしてしまったけれど、そのおかげで今の私達があるのだ。


 こうして私達は、再び婚約関係という元の鞘に収まるという形で、本当の意味で互いに向き合う約束を交わすのであった――。


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