「今日もいい朝ね。新年、あけましておめでとうございます……っと」
年が明けて、今日は一月一日。
誰もいない自室で一人、もう初日の出とは呼べない朝日に向かって年始の挨拶をする。
元の世界で言えば、今日はお正月。
お年玉が貰えたり、子供の頃は何かとワクワクできた特別な日だ。
しかし今いるこの世界は、日本ではなく西洋系の異世界。
だから当然だけれど、この国にはお正月という文化は存在しない。
ただ、一月一日が記念すべき節目の日であるというのは、世界を跨いでも共通概念なのである。
というわけで、例年であれば今日ぐらいは家族揃って一日ゆっくり過ごしていたのだが、私は外出の準備を始める。
理由は、今日はフローラと遊ぶ約束をしているからだ。
どうやら今日は、城下町で一年の始まりを祝したお祭りが行われているらしく、フローラが楽しいので是非と誘ってくれたのである。
でもこういう日は、私ではなくゲールと過ごした方が良いのではと一応遠慮しておいたのだけれど、フローラからこの日は私を案内したいと前々から意気込んでいたと聞かされ、であれば別に断る理由もないため応じる事にした。
ただ誤算だったのは、そんな会話をしているところへ偶然通りかかったキースが、面白そうだから俺も混ぜてくれと言ってきた事だ。
女二人では少し不安だし、キースが一緒にいてくれれば正直心強い。
でも普通、女の子同士で遊ぶ約束しているところに、男性一人で混ざってこようとする……?
当のキースはというと、全く気になどしていないご様子で、フローラも少し困惑しながらも大丈夫と言うので、結果としてゲールも誘って四人で回ることとなったのである。
そんなこんながあり、今日は男女二人ずつでお祭りへ行くわけだが、もしかしてこれは傍から見ればグループデートというやつではないだろうか……?
約束した時は特に気にしなかったけれど、今になって急に気にしてしまっている自分がいた。
この間の始まりの日。
私はクロード様、そしてクライス様から本心を告げられた。
だからこそ、私も本心でみんなの思いと向き合おうと思っていた矢先、他の男性と出掛ける約束をしているというのは少し気が引けるというか何というか……。
でもこれは、始まりの日よりも前々から約束をしていた事だし、いきなり私の都合でキャンセルするわけにもいかない。
それに、別に疚しい事をするわけでもないし、今日は純粋にお祭りを楽しめばいいのである。
そう自分に言い聞かせながら、支度を済ませた私は少し早めに家を出るのであった。
◇
「さすがに早く着き過ぎちゃったかなぁ……」
今日の待ち合わせ場所である、噴水のある広場へやってきた。
しかし、まだ集合時間の三十分以上前。
さすがに早すぎたかと思いながら、近くにあったベンチへ腰かけながらみんなが来るのを気ままに待つことにした。
既に街中はお祭り騒ぎで、出店や行き交う人達で賑わいを見せていた。
身分上、こういう場へ来る機会がこれまでなかっただけに、私にとってはとても新鮮だった。
前世でも中々こういうお祭りへ足を運ぶ事が出来なかったから、こうして同じ空間に居られるだけで何だかワクワクしてくる。
「お、メアリー嬢一人か?」
私の到着から少し遅れて、キースがやってくる。
今日は目立たないようお互い地味目な服装をしてきているのだが、それでもキースは一目で分かる程その場にいるだけで目立つから凄い。
「これだけ人がいても、メアリー嬢だってすぐに分かったわ」
「え、私も!?」
「ははは、私もって何だよ」
笑いながら、私の隣に腰かけるキース。
自分では完全に紛れているつもりだったけれど、どうやら私も目立ってしまっていたようだ。
私だって、腐っても公爵令嬢。
だから日頃から目立ってしまう事は慣れているけれど、実は目立たないでいる事の方が難しいのかもしれない……。
「しかしまぁ、二人きりになれて良かったわ」
「良かった? なんで?」
「ん? ああ、俺が二人きりになりたいって思ってただけだ」
「どうして? 何かあったかしら?」
「何もないって言ったら、どうする?」
「何よそれ。よく分からないわ」
「そうか?」
訳が分からない私に対して、キースは顔を近づけながら聞き返してくる。
すぐ目の前に迫ってきたキースに少しドキッとさせられるが、やっぱり意味が分からない私は首を傾げるしかなかった。
するとキースは、そんな戸惑う私を見て吹き出すように大笑いする。
「やっぱりメアリー嬢には通用しねぇな」
「あのー、さっきから意味が分からないのですけど?」
「いい、気にしないでくれ」
何だかずっと意味不明だけれど、キースはそう言って一方的に話を終わらせてしまう。
「あ、遅れてすみません!」
「お待たせしちゃったね」
そこへ、フローラとゲールもやってきた。
二人は事前に待ち合わせしていたようで、一足お先にどこかへ行っていたのだろう。
「もう、ゲールがすぐに露店に吸い込まれていくから、遅れちゃったじゃない」
「だって、珍しい物が沢山並んでいるから気になるじゃないか。悪いのは、品揃えの素晴らしい露店だよ」
「人のせいにしない! その露店を一緒に見て回るために、今日待ち合わせしてたんでしょ? もうっ!」
「だから、ごめんって」
プンプンと怒るフローラに、悪びれるもイマイチ心の籠っていないゲール。
以前はもっと初々しい感じがしていたけれど、何ていうか二人とも前よりも自然体に接しているように思える。
思えば、二人が付き合ってからもう暫く経つし、二人ともお互いを分かり合っている感じがしてちょっと羨ましく思えてくる。
――私も、クロード様とこんな風に言い合える日がくるのかしら……?
再び婚約相手に戻ったクロード様と、私はこのままいけばそのまま結婚する事になるのかもしれない。
でもいきなり結婚だなんて、恋愛よりも先の話過ぎて全く実感は湧いてこない。
けれど私にとってそれは、数年後に迎えているかもしれない未来なわけで――。
「メアリー様?」
「え? ああ、ごめんないさい! それじゃ、みんな揃ったことですし行きましょうか!」
……いかんいかん、つい考え込んでしまった。
最近は色々有り過ぎたから、今日は気分転換も兼ねてここへやってきているのだ。
だから今日は、色んな事を一旦忘れて目いっぱい楽しむとしよう!
というわけで私達は、お祭りへといざ出陣するのであった。