「いらっしゃい! いらっしゃーい!! 今日は特別に、全品三割引きだよー!!」
「おい、そこの嬢ちゃん! お肉はどうだい? お・に・く!!」
ワイワイ、ガヤガヤ――。
元々人通りは多い通りだけれど、今日はどこへ行っても人・人・人!
出店も活気づいており、前世でいうところのこれは初売りに近いのかもしれない。
周囲を見回せば、家族連れからカップルまでみんな今日という日を楽しんでいる。
そんな空気に触れているだけで、私も自然と楽しい気持ちにさせられる。
「うひゃー、すげぇ人だな! さすがは城下町だ!」
「ですねぇ。僕、あまり人が多いところは得意じゃないんだけどなぁ……」
「ゲールはもうちょっと表に出た方がいいと思います」
「えぇー、嫌だよぉ……」
感心するキースに、相変わらずプチ夫婦喧嘩をするゲールとフローラ。
喧嘩するほど仲が良いとはよく言うが、確かに二人とも仲睦まじく見えるのだから、どうやらあのことわざは本当みたいだ。
「お、あの串焼き美味そうだな! メアリー嬢、食べるか?」
「あ、本当ね。食べてみたいわね」
「おしっ! じゃあ買ってくるわ」
串に刺さった、あれは恐らく豚肉。
肉厚でジューシーなお肉に、塩コショウが全体に満遍なく振られていて、見た目も香りも食欲を注ぐやつだ。
実は私も一目見て気になっていただけに、キースのナイスアシストだ。
「つっても、結構並んでるな」
「じゃあ、一緒に並びましょう」
「え? 良いのか?」
「ええ、お熱いお二人さんはあっちの出店に夢中のようですし」
そう言って私は、向かいの出店の方を指差す。
そこには、マニアックな雑貨屋さんに吸い込まれているゲールと、それにあれこれ言いながらもちゃんと付き合っているフローラの姿。
「ははは、本当にあの二人は仲が良いな」
「ふふ、そうね」
「――じゃあ、俺達も今日だけは彼氏彼女ってことにしてみるか?」
突然のキースの提案に、私は一瞬ドキリとさせられながらも、そっと首を横に振る。
「駄目よ。そういうのは、ちゃんと好き同士でしないと」
「それもそうだな。――だったら、俺が本当にメアリー嬢の事が好きだって言ったら、どうする?」
またどうせいつもの、ただのお戯れだと思っていた。
だから私も、いつも通り流したつもりだった。
けれどキースは、真剣な顔つきで予想外の質問を投げかけてくる――。
――キースが、私の事を好きだとしたら……?
何だか最近、こういう話ばかりに出くわしているような気がする。
これが世に言う、モテ期到来ってやつなのだろうか……?
キースといえば、頼りになるし一緒に居て楽しい。
それに、同じ公爵家という身分的にも相手として問題はないだろう。
それにマジラブの中でも、キースは私が最も攻略してきたキャラクターでもある。
まぁそれは、キースというよりトーマスを見たかったからだけれど……。
だから私は、もしかしたらキースの事をこの世で一番理解しているのかもしれない。
でも私は、フローラではないしヒロインでもない。
ただ画面越しに、フローラを介して攻略を続けてきたというだけなのだから。
それに相手が違えば、当然態度や考え方だって異なるのだ。
私はマジラブ内での悪役令嬢であり、ヒロインではない。
だから今日まで私は、キースの事を意識した事も無ければ、異性として見た事がなかった。
でも、そういう考え方はもうやめた。
トーマスやクライス様、そしてあのクロード様までもが、私に対して本心で気持ちを伝えてくれたのだ。
だから私は、キースがどういうつもりで言っているのかは分からないが、全ての思いに対してちゃんと向き合いたいと思っている。
そんな思いを籠めて、私はキースからの質問に迷わず答える事にした。
「そうね、もしも本当にわたくしを好きでいてくださるのなら、もっと時と場合は考えて下さる?」
全てを総合的に判断した結果、私は思ったままを伝える。
するとキースは、私の返事を受けて珍しく拍子抜けしたような表情を浮かべる。
そして少し間を開けて、ぷっと吹き出すように大笑いする。
「確かに、貴族がこんなところで告白はねーわな!」
「そういうことです。わたくし達は、これでもこの国の公爵家の人間ですことよ」
「はっはっは! そうだったな!」
未だおかしそうに笑うキースにつられて、私も一緒に笑ってしまう。
公爵家の人間が二人も揃って、出店の行列に並びながら何をやっているのだと。
「お二人とも楽しそうですね! 何かありました?」
「いえ、何でもないわ」
「どうかなぁ? 意外とお二人、お似合いだったりして?」
「お、ゲールもそう思うか?」
いつの間にか戻ってきていたフローラとゲール。
ゲールは既に買い物袋を手にしており、どうやら先ほどの売店で何か買い物を済ませたようだ。
四人の中だと、ゲールが一番こういうお祭りではしゃぎそうになかっただけに、少し意外ではある。
こうして改めて四人で一緒に列に並ぶと、一緒に同じ串焼きを食べながら回ることとなった。
何かを食べながら歩くなんて、貴族に生まれて初めての経験。
以前の私からすれば、はしたないから絶対にあり得ないと言っていただろう。
でも今日は、年の始まりを祝したお祭り。
要するに、郷に入れば郷に従えだ。
串焼きは想像以上に美味しくて、何よりこうしてみんなで過ごす時間がとても愛おしく感じられるのであった。