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第78話 お祭り③

 お祭りの出店の列は、先が見えない程続いている。

 どこまでも途絶える事のない人混みは、前世で言うところの渋谷の街並みと少し重なる。


 それからも私達は、出店を覗いたり、甘いスイーツを食べたり思い思いにお祭りを楽しんだ。

 中には、ロマンス小説を並べているマニアックな売店まであり、珍しいタイトルもあった事から私とゲールが大盛り上がりとなった事は言うまでもない。


「思ったより、色んな出店があったな」

「ふふ、そうですわね」


 私だけでなく、感心しているのはキースも同じだった。

 私もキースも、同じ公爵家の人間として貴族社会で生まれ育ってきた。

 故に私達は、言わば平民は決して足を踏み入れることの出来ない、貴族にのみ許された特別な繋がりや環境を持っている。


 記憶を取り戻す前の私は、そんな貴族社会こそが至高であり、この世における絶対だと思っていた。

 だから私は、平民の事を見下していたというのも事実だ。


 けれど、今の光景を目の当たりにしてみると、それは間違っていたのだと改めて実感する。

 平民には平民の文化があり、それは時に貴族社会以上の力を生み出すのだ。

 このお祭りのように、一人ひとりがみんなでこのお祭りを作りあげる事で、特別な時間を共有する事が出来ているのだ。


 学園内では、貴族が平民に対して“世間知らず”だと衝突する事も少なくなかった。

 でも出るところに出れば、私達貴族こそ世間知らずなのだと分からされる。


「……俺は時々、自分が貴族なんかに生まれなければ良かったと思う事がある。何の柵もなく、自由に暮らせたりしたのかなとかさ」

「……分かります。富や名声では、得られない自由もありますもの」

「そうだな。ここに集まる人達の方が、俺達よりよっぽど自由に見える」


 そう言って笑うキースの視線の先には、同年代のカップルの姿。

 手と手を繋ぎ合いながら、誰の目を気にすることもなくデートを楽しんでいる。

 二人とも楽しそうに微笑んでおり、気が付けば私も一緒に二人の姿を目で追ってしまう。


「いいなぁ……」


 そして私は、思わず本音が漏れてしまう。

 私もあんな風に、誰かと恋をして自由にデートをしてみたい。

 そう思ってしまうのは、きっと最近あれこれ起きている変化のせいだろうか――。


 私ももう、無自覚ではいられない。

 故に、恋愛というものを私自身も強く意識しているのだ。


「……というか、メアリー嬢」

「はい? どうかしました?」

「周りを見てみろ」

「周り? 別に何も……って、いない!?」


 キースに言われるまま周囲を見回す私は、フローラとゲールがいない事に気が付く。

 どこか近くの出店にいるだろうと思ったけれど、二人の姿はどこにも無かった。


 つまり私たちは、それぞれ二人ずつにはぐれてしまったという事になる。

 恐らくゲールが、またどこかの売店に吸い寄せられて行ってしまい、それを追うフローラ共々そのままはぐれてしまったのだろう。


 人通りも多く、この中を探すのは大変だ。

 どうしたものかと悩んでいると、ポンと肩を叩かれる。


「まぁ、俺達も大人だ。最悪このまま帰ったっていいわけだし」

「え、ええ、そうね……」

「ここで慌てたって仕方ない。それに、少し足も疲れたろ?」


 たしかにキースの言うとおり、ここで慌てたって仕方ない。

 それに足の方も、正直ちょっと歩き疲れてきていたのもそのとおり。

 こういう女性へ気を回せるところもまた、キースがモテる所以なのだろう。

 頷く私に、キースは私を安心させるように優しい笑みを浮かべる。


「よしっ! じゃ、ちょっと休憩しながら待つとしよう」

「休憩って、どこに行くの?」

「んー、そうだな……お、あそこにある広場はどうだ? 人も疎らだし、座れそうなベンチも見える」

「そうね、あそこで休みましょう」


 休めると思ったら、何だか余計に足が重たく感じられる……。

 キースは私の歩幅に合わせながら、背中にそっと手を回して隣を歩いてくれる。

 だから私も、そんな気遣いが嬉しくて人混みの中でも安心して居られる。


「ふぅ、やっと座れるわ」

「すまんな、もっと早く気付いてやれたら良かったな」

「いえ、そんな謝らないでください。私もさっきまで、お祭りに夢中で気づいていなかったぐらいですし」

「そうか? なら、仕方ないな」

「ふふ、そういうことです」


 はぐれた二人も含め、誰も悪くなんてないのだ。

 だって今日は、一年の始まりを祝うお祭りなのですから。


「何か温かい飲み物でも飲むか?」

「いえ、大丈夫です。というか、キースって優しいのね」

「ん? そうか?」

「それで優しくないと言ったら、一体何なんですの?」

「何なんだろうな。――まぁでも、俺だって誰にでもこうするわけじゃないさ」

「あら、そうなの?」

「――ああ、相手がメアリー嬢だから、俺は頑張ってるんだ」


 そう言うとキースは、真剣な面持ちで真っすぐ私の事を見つめてくる――。


「……理由は、聞かないのか?」

「……聞かないわ。だって聞いたら、もう戻れない気がするもの」

「ハハハ、違いない。――でもな、多分今が俺に与えられた唯一のチャンスだと思うんだ。だからすまないが、このまま俺の話を聞いてほしい」

「……ええ、分かりました」


 私だって馬鹿じゃない。

 これからキースが、私へ何を伝えようとしているかぐらい分かっている。

 だから私も、しっかりとキースの覚悟と向き合う。


 そして――、



「――メアリー。俺はお前が好きだ」



 真っすぐ私を見つめながら、キースは自分の気持ちを伝えてくれるのでした――。


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