お祭りの出店の列は、先が見えない程続いている。
どこまでも途絶える事のない人混みは、前世で言うところの渋谷の街並みと少し重なる。
それからも私達は、出店を覗いたり、甘いスイーツを食べたり思い思いにお祭りを楽しんだ。
中には、ロマンス小説を並べているマニアックな売店まであり、珍しいタイトルもあった事から私とゲールが大盛り上がりとなった事は言うまでもない。
「思ったより、色んな出店があったな」
「ふふ、そうですわね」
私だけでなく、感心しているのはキースも同じだった。
私もキースも、同じ公爵家の人間として貴族社会で生まれ育ってきた。
故に私達は、言わば平民は決して足を踏み入れることの出来ない、貴族にのみ許された特別な繋がりや環境を持っている。
記憶を取り戻す前の私は、そんな貴族社会こそが至高であり、この世における絶対だと思っていた。
だから私は、平民の事を見下していたというのも事実だ。
けれど、今の光景を目の当たりにしてみると、それは間違っていたのだと改めて実感する。
平民には平民の文化があり、それは時に貴族社会以上の力を生み出すのだ。
このお祭りのように、一人ひとりがみんなでこのお祭りを作りあげる事で、特別な時間を共有する事が出来ているのだ。
学園内では、貴族が平民に対して“世間知らず”だと衝突する事も少なくなかった。
でも出るところに出れば、私達貴族こそ世間知らずなのだと分からされる。
「……俺は時々、自分が貴族なんかに生まれなければ良かったと思う事がある。何の柵もなく、自由に暮らせたりしたのかなとかさ」
「……分かります。富や名声では、得られない自由もありますもの」
「そうだな。ここに集まる人達の方が、俺達よりよっぽど自由に見える」
そう言って笑うキースの視線の先には、同年代のカップルの姿。
手と手を繋ぎ合いながら、誰の目を気にすることもなくデートを楽しんでいる。
二人とも楽しそうに微笑んでおり、気が付けば私も一緒に二人の姿を目で追ってしまう。
「いいなぁ……」
そして私は、思わず本音が漏れてしまう。
私もあんな風に、誰かと恋をして自由にデートをしてみたい。
そう思ってしまうのは、きっと最近あれこれ起きている変化のせいだろうか――。
私ももう、無自覚ではいられない。
故に、恋愛というものを私自身も強く意識しているのだ。
「……というか、メアリー嬢」
「はい? どうかしました?」
「周りを見てみろ」
「周り? 別に何も……って、いない!?」
キースに言われるまま周囲を見回す私は、フローラとゲールがいない事に気が付く。
どこか近くの出店にいるだろうと思ったけれど、二人の姿はどこにも無かった。
つまり私たちは、それぞれ二人ずつにはぐれてしまったという事になる。
恐らくゲールが、またどこかの売店に吸い寄せられて行ってしまい、それを追うフローラ共々そのままはぐれてしまったのだろう。
人通りも多く、この中を探すのは大変だ。
どうしたものかと悩んでいると、ポンと肩を叩かれる。
「まぁ、俺達も大人だ。最悪このまま帰ったっていいわけだし」
「え、ええ、そうね……」
「ここで慌てたって仕方ない。それに、少し足も疲れたろ?」
たしかにキースの言うとおり、ここで慌てたって仕方ない。
それに足の方も、正直ちょっと歩き疲れてきていたのもそのとおり。
こういう女性へ気を回せるところもまた、キースがモテる所以なのだろう。
頷く私に、キースは私を安心させるように優しい笑みを浮かべる。
「よしっ! じゃ、ちょっと休憩しながら待つとしよう」
「休憩って、どこに行くの?」
「んー、そうだな……お、あそこにある広場はどうだ? 人も疎らだし、座れそうなベンチも見える」
「そうね、あそこで休みましょう」
休めると思ったら、何だか余計に足が重たく感じられる……。
キースは私の歩幅に合わせながら、背中にそっと手を回して隣を歩いてくれる。
だから私も、そんな気遣いが嬉しくて人混みの中でも安心して居られる。
「ふぅ、やっと座れるわ」
「すまんな、もっと早く気付いてやれたら良かったな」
「いえ、そんな謝らないでください。私もさっきまで、お祭りに夢中で気づいていなかったぐらいですし」
「そうか? なら、仕方ないな」
「ふふ、そういうことです」
はぐれた二人も含め、誰も悪くなんてないのだ。
だって今日は、一年の始まりを祝うお祭りなのですから。
「何か温かい飲み物でも飲むか?」
「いえ、大丈夫です。というか、キースって優しいのね」
「ん? そうか?」
「それで優しくないと言ったら、一体何なんですの?」
「何なんだろうな。――まぁでも、俺だって誰にでもこうするわけじゃないさ」
「あら、そうなの?」
「――ああ、相手がメアリー嬢だから、俺は頑張ってるんだ」
そう言うとキースは、真剣な面持ちで真っすぐ私の事を見つめてくる――。
「……理由は、聞かないのか?」
「……聞かないわ。だって聞いたら、もう戻れない気がするもの」
「ハハハ、違いない。――でもな、多分今が俺に与えられた唯一のチャンスだと思うんだ。だからすまないが、このまま俺の話を聞いてほしい」
「……ええ、分かりました」
私だって馬鹿じゃない。
これからキースが、私へ何を伝えようとしているかぐらい分かっている。
だから私も、しっかりとキースの覚悟と向き合う。
そして――、
「――メアリー。俺はお前が好きだ」
真っすぐ私を見つめながら、キースは自分の気持ちを伝えてくれるのでした――。