「すみません! まさかはぐれてしまうなんて!」
慌てた様子で、私達のもとへ駆け寄ってくるフローラ。
その背後には、ここへ来るまで散々叱られたであろうすっかりしょぼくれたゲールの姿もある。
「いえ、こちらこそごめんなさいね」
既に泣き止んでいる私は、フローラと手を取り合い無事に再会できたことを喜び合う。
フローラの顔が見られて、どこか安心している自分がいた。
「……あれ? メアリー様、目元が腫れているような……?」
「え? ……うん、いいの、気にしないで……何でもないから」
「そ、そうですか……」
早速泣いていた事がバレてしまったが、フローラはそれ以上深くは聞いてこなかった。
「……すみません、はしゃぎ過ぎました」
「まぁ気にするな、無事に再会できたんだし」
隣では、キースがしょげしょげのゲールを励ましている。
さっきの事は無かったかのように、自然に振る舞ってくれているキースを見ていると、またチクリと心に痛みが走る……。
でも、いつまでも私だけが気にしていても申し訳ない。
私もそろそろ、ちゃんと切り替えなくては……。
「やっと合流できたわけですが、これからどうしましょうか?」
「悪い、今日のところはそろそろ失礼させて貰うよ」
フローラの問いかけに、キースはそう答えると立ち去って行く。
まだ遊べる時間は残されているため、フローラとゲールはばつが悪そうに顔を見合わせている。
きっと二人とも、自分達のせいで帰ってしまうと思っているのだろう。
「違うの、二人のせいではないから安心して。さきほど私とキースで、少しお喋りをしていたせいなの。……だから、ごめんなさい。今日のところは、私もそろそろ失礼しようと思うわ」
「え!? メ、メアリー様もですか!?」
「ええ、ごめんなさいね。少し、体調がすぐれないの。沢山歩いて疲れちゃったのかしらね」
「そ、そういう事でしたら……」
「二人のせいとかではないから、本当に気にしないでね。今日は楽しかったわ」
「はい! 私も楽しかったです!」
「ぼ、僕もですっ!」
「そう、なら良かったわ」
二人の気持ちが嬉しくて、私も精一杯の笑みを返す。
ここで私も帰れば、二人には余計に気を使わせてしまうことは分かっている。
それでも、これからこの状態でお祭りを楽しもうという気持ちにはなれないし、たとえ残っても二人に気を使わせてしまうだけ……。
せっかくのお祭りなのだ、二人にはデートを楽しんで欲しいと思うから。
だから私は、改めて二人に感謝を伝えると、今日のところはお先に帰らせてもらうこととなった。
行きの浮ついた気持ちとは打って変わり、帰りは心の中がぐちゃぐちゃだった。
でももう、後には引けない。
みんなの気持ちと向き合った分、私はもう間違ってなどいられないのだ。
きっと一人では、こんな気持ちになる事なんてできなかったと思う。
だからこそ、自分勝手なのは分かっているけれど、私は私と向き合ってくれたみんなに感謝する。
これは恋愛ゲームではなく現実世界。リセットは存在しない。
だからこそ、私は一つひとつの選択の重みをしっかりと受け止めながら、未来に繋げなければならない。
これから先、何かプランがあるわけでもなければ、未来のことなんて何も分からない。
それでも、これから自分が何をすべきかぐらいは、自分の心が一番よく分かっている。
だからあとは、自分の勇気だけだ――。
「今、何をしてるのかなぁ……」
薄っすらと橙色に染まる空を見上げながら、ポツリと呟いてみる。
会えない事が、今は何だか凄く寂しく感じられてしまう――。
でも弱い私は、今会ったらきっと壊れてしまう。
だから今はまだ、一人でいい。
また元気になってから、いつもの元気な私だけを見ていて欲しいから――。
だから今はちょっと、心の休憩が必要なだけ。
そう自分に言い聞かせながら、一人帰り道を歩く。
しかし、次第に視界がボヤけていくような、身体に異変が押し寄せてくる。
思えば今日は、朝から少し疲れやすい気はしていた。
だから別れ際にフローラへ言った言葉は、別に嘘ではなかったのだ。
――あれ、ちょっと無理かも……。
ああ、しまったな……。
まさかこんな時に限って、体調を崩してしまうだなんて……。
前世では元々病弱だった私だけど、こんな風に体調を崩すのは随分久しぶりの感覚だ……。
力なく私は、その場にへたり込む。
まだ家までは距離があるし、ここは幸か不幸か人通りも少ない場所だ。
こんな事なら迎えを用意しておけば良かったけれど、帰り時間も分からなかったから仕方がない……。
この世界にも、スマホがあれば良かったのに……。
無いものねだりをしても仕方ない、馬車が通りかかるまでここで待つしかなさそうだ……。
大丈夫、少し休んだらきっと復活する。
そう思い私は、一度その場に蹲る。
しかし、真冬の寒さはそんな私に容赦なく、指先からどんどん冷たくなっていく。
「……あーあ、罰が当たったのかな」
トーマスやクライス様、そしてキースまで。
私はこれまで、沢山の思いを不意にしてしまった。
だからこれは、神様が私に天罰を与えたのかもしれない。
元々私は悪役令嬢で、破滅する存在。
だから今日まで過ごせた事が、この世界にとってはイレギュラー。
そう考えると、これも全て運命に思えてきた。
このままこんな所で凍え死ぬのだと思うと、もうちょっとまともな死に方ぐらい選びたかったけれど仕方ない……。
身体は寒いけれど、顔だけは熱を帯びていく。
世界がぐにゃりと曲がっていくような感覚に、鉛のように重たく感じる手足。
こんなにも急激に体調が悪化するなんて、きっとただの風邪ではないのだろう。
「最後に、もう一度会いたかったな……」
思わず、そんな弱音が漏れてしまう。
何もかもが中途半端で、そんな自分が嫌になっていく。
次第に薄れていく意識の中、私の頭の中に浮かぶのはやっぱりクロード様のお顔だった――。
メアリー。
頭の中で、クロード様の声が聞こえる。
まさか、幻聴まで聞こえてくるとは思わなかった。
……でも嬉しい。
最後にその声が聞けて――。
「おい、メアリー!! 大丈夫か!?」
その声は、次第に大きくなっていく。
そして、すぐそこまで近づいてきたかと思うと、ふわっと身体が浮くような感覚がする。
――最後のお出迎えかしら……?
これが夢なのか現実なのか、もう何も分からない。
でもクロード様を身近に感じられる事で、不思議と私は安心できた。
「……良かった」
私は小さくそう呟くと、そのまま吸い込まれるように意識を失うのであった――。