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第82話 偶然と困惑

 本当に、それは偶然だった。

 用事を終えた帰り道、偶然道の脇で蹲るメアリーの姿を見つけたのは――。


「メアリー!!」


 蹲るメアリーに気付いた俺は、慌てて窓を開けて呼びかけるも反応がない。

 急いで馬車を止めさせると、メアリーの元へと駆け寄った。


「おい、メアリー!! 大丈夫か!?」


 何度呼び掛けても応答はない。

 呼吸は荒く、急を要する状態なのは明らかだった。

 俺は急いでメアリーを抱きかかえ、馬車へと乗り込む。


「……良かった」


 馬車を走らせていると、薄っすら目を開けたメアリーが俺の顔を見ながらそう小さく呟く。

良かった、どうやら意識はあるようだ。

 しかしそれでも、安心できる状態ではないことも確かだった。

 メアリーを馬車で横にならせると、急いで馬車をスヴァルト家へと走らせる。


「メアリー。もう大丈夫だからな」


 安心させようと声をかけるも、応答はない。

 呼吸は荒く、やはり一刻を争う事態であることは間違いない。

 メアリーの手をしっかりと握りながら、今はただ傍にいる事しかできない自分が悔しかった……。


 ◇


「メアリー!?」

「まぁ!? 大変!!」


 スヴァルト家へ到着した俺は、急いでスヴァルト家の使用人へメアリーの状態を知らせる。

するとすぐに、ご両親が酷く慌てた様子で飛び出してきた。


 当然だ、二人にとってメアリーはたった一人の娘なのだ。

 二人ともメアリーの状態を一目見て青ざめてしまっている。


「すみませんクロード様、ここまで運んでいただき本当にありがとうございます!!」

「クロード様が見つけてくださらなかったら、今頃どうなっていたことか……」


 事情を説明すると、ご両親から深く感謝をされる。

 もしあそこで通りかからなければ、確かにメアリーがどうなっていたか分からなかっただろう。

 その事を思うと、自分だってただただ恐ろしく思えてくる……。


「メアリーが目を覚ますまで、私も付き添います」

「でも、ご予定などおありなのでは……?」

「いえ、私はメアリーの婚約相手です。傍に居させてください」

「……分かりました」


 たしかに明日も予定はある。

 しかし今はそれどころではないし、何より今はメアリーの傍にいたい。


 お父様の許可をいただいた俺は、メアリーの寝室へと入る。

 部屋には本が多く、読書好きなメアリーらしい部屋だった。


 暫くして駆けつけた医師の診察を終えたが、どうやら風邪など一過性のものではないようだ。

 結局原因は分からず、医師でも成す術なし……。


 あとは医師に任せれば、全てが解決するものだと思っていた。

 しかし、医師でも打つ手がないと言われてしまい、もう俺にはどうする事もできなかった……。


 俺はベッドの脇へ腰かけると、そっとメアリーの手を取る。

 呼吸はしているし、眠っているからか今は呼吸も大分落ち着いている。

 それでも、このまま目を覚まさないのではないかと思うだけで、これまで感じた事のない恐怖が込み上げてくる……。


「メアリー……」


 何があったのかは、俺には分からない。

 もしずっと傍にいることが出来れば、こうなる事は回避できたのかもしれない。

 そんな後悔だけが、何度も何度も頭を駆け巡るのであった――。


 ◇


 メアリーが目を覚まさなくなって、三日が経過した。

 その後も医師による様々な診察が行われたが、結局原因は変わらず分からないまま……。

 今日も早朝からメアリーの様子を見に来たが、一向に目を覚ます気配は感じられなかった。


 メアリーが目覚めなくなり、今日で三日目なのだ。

 つまりメアリーは今、三日間食事を何も取っていない事になる。

 医師曰く、そろそろ飲まず食わずでは危険な領域に入ってくると言われており、すぐ目の前に居るのに食事すらさせてあげられない歯痒さと苛立ちばかりが募っていく……。


「メアリー様!!」


 勢いよく扉が開かれ、部屋へ駆け込んできたのはフローラとゲールだった。

 どうやら二人は、メアリーが蹲っていたあの日に会っていたらしい。

 何かヒントになることが分かればと思ったのだが、帰り際に体調不良を口にしていた事以外は残念ながら有力な情報は得られなかった。

 事情を知った二人は、今日面会させて欲しいと申し出てくれたから、ご両親も俺も止めはしなかった。


 ちなみにその日は、キースも一緒だったそうだ。

 暫くはぐれてしまった時間があるらしく、その間メアリーはキースと二人きりであったと思われる。

 だから今日は、キースにも話を聞くためここへ来て貰うように伝えている。


「……まさか、こんな事になっていただなんて」


 メアリーの手を取りながら、フローラは声を震わせる。

 俺だけでなく、みんな本当に心配してくれている。

 それだけメアリーは、俺だけではなく関係するみんなにとっても大切な存在なのだ。


「……あの日は、帰り際に少し体調が優れないとはおっしゃっていましたが、まさかこんな……」


 隣に立つゲールも、同じく心配そうに言葉を漏らす。

 原因こそ不明のままだが、二人のせいではない。


 二人を落ち着かせた俺は、当日の事を改めて聞かせて貰うことにした。

 落ち着いて振り返れば、何か一つでもヒントが得られるのではないかという淡い期待に縋りながら……。


「すまない、遅くなった! それで、メアリー嬢の容態は!?」


 暫くすると、キースもやってきた。

 その珍しく取り乱した様子から察するに、これはキースにとっても予想外の事態なのだろう。


「……見てのとおりだ」

「どうして、こんな事に……」


 目を覚まさないメアリーを前に、言葉を失うキース。

 正直俺は、キースにも何があったのかを問いただそうと思っていた。

 きっとキースとの間に何かがあったに違いないと、俺は勝手に期待していたのだ。


 ……しかしキースの反応を見れば、きっとフローラ達と同じく何も知らないのだと分かってしまう。

 そんな諦めが広がっていく中、キースは俺に対して二人きりで話があると言ってきた。


 その覚悟の籠った表情に、俺も頷く。

 キースはきっと、これからメアリーに関する大事な話をしようとしている。


 だから俺も、覚悟を決める。

 その話が今回の件に関係しているのかは分からないが、俺はキースとともに別室へと向かうことにした――。


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