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第63話 神上げ

「ほう、聞こうではないか」


 ファーディナントはコトハを面白そうに見つめ、パウルも驚きからか目を見開いている。レノやザシャたちは興味津々な様子で彼女を見つめていた。ちなみにアカネはコトハの話に見当がついているらしく、「もしかして、あれを……?」と小声で呟いている。

 彼女の呟きを隣で聞いていたジェフは、思わずアカネに話を振っていた。


「アカネ、あれって何?」

「あ、えっと……」


 アカネが狼狽えている。彼女も話していいのか分からないのだろう。それはそうだ。この話は巫女姫と長老、年寄衆の中でしか知られていない話。アカネはそれを偶然知った時、口外しないようきつく注意されていたのだから。多分まだズオウもこの事は知らないだろう。

 この場にいる者たちであれば、悪戯に漏らす事はないとコトハは信じている。だから話すのだ。


「五ッ村の巫女姫のみが執り行う事ができると伝えられているものがあります。それが神上げ、という儀式です。こちらは村の中でも長老と年寄衆と呼ばれる者たちだけが知る儀式です。ですので、あまり口外しないようにお願いいたします」

「まあ、ここにいる者たちは大丈夫であろうが……皇帝が命ずる。これからの話は箝口かんこう令を敷く」


 全員が頷く。これで問題ないと告げたファーディナントへ、コトハはお礼を告げる。その様子を見ていたザシャが、合間を見てコトハに尋ねた。


「教会では聞いた事のない行事ですね。神託とはまた違うのですか?」

「そうですね……神託とは神のお告げを聞く、という事だとレノ様よりお聞きしています。それを踏まえると、神上げはまず祭壇へと神を招き迎える儀式を行った上で、直接会話が可能だと言われています」

「なんと、そんな儀式があるのですね……!」


 ザシャが知らないのだから、ここには神上げのような儀式はないのだろう。五ッ村でも神上げの儀式を最後に行ったのは、数百年以上も前だったそうだ。


「前代の巫女姫様は神上げを行わなかったそうです。もちろん、私も神上げの儀式を行ったことはありません。長老や年寄衆たちは儀式を行った巫女姫は力を失う、と言われているからです」


 彼女の言葉に反応したのはイーサンだった。


「コトハ! それは大丈夫なのか?! 君の命にかかわる事なのではないか?!」


 周囲も心配そうに彼女を見ているが、コトハには大丈夫だろうと自信があった。


「命の危険はありません。実は巫女姫と長老に伝わる話には少々違いがあるのです」

「どんな違いだい?」


 最初は気を揉んでいたレノだったが、命の危険はないと聞いて安堵したのだろう。コトハの言葉を面白そうに聞いている。


「正確に言えば……巫女姫の力を失うのではなく、儀式後は一定期間力が弱まると言われています。初代巫女姫様の手記によると、無闇矢鱈にこの力が使用される事のないよう、長老たちには力を失うと話した事が書かれております」


 イーサンは胸を撫で下ろす。表情がコロコロと変わる弟の様子を楽しげに見ていたファーディナントは、彼女の言葉を聞いてパウルに視線を送った後、コトハへと話し始めた。


「ふむ、それなら儀式を行っても問題あるまい。ちなみにコトハ嬢は歴代と比べると、どれくらいの力があるのだ――」

「コトハ様は初代巫女姫様に次ぐ力の持ち主、と言われておりました!」


 ファーディナントの言葉が終わるより早く、立ち上がって誇らしげに答えたのはアカネだった。驚いて周囲が静かになる中、その事に気がづいたアカネは「すみませんでした……」と恥ずかしそうに謝りながら座る。

 そして彼女がソファーに座った後すぐに声を上げたのは、ファーディナントであった。


「はっはっは! 問題ない! アカネ嬢は本当にコトハ嬢の事が好きなのだな!」


 頬を染めながら首を縦に振るアカネ。そんな彼女を愛おしそうに見るジェフ。そしてその二人を温かな目で見るコトハ。和やかな空気が部屋中を満たす。それを引き締めたのは、パウルだった。


「では、神上げの儀式はコトハ様にお願いするとして……。儀式は内密に行うのがよろしいかと。陛下、あの部屋の使用許可を頂けるでしょうか?」

「ああ、それは良い。あそこなら万が一部屋へと入られたとしても、問題ないだろうな」

「陛下、あの部屋、とは?」


 について見当もつかないイーサンが首を傾げると、ファーディナントはニヤリと笑う。


「ああ、それは後のお楽しみだ。ちなみにコトハ嬢、その儀式には我々も参加して良いのだろうか?」

「そうですね、できれば少人数が良いのですが……」


 ここにいる全員は流石に多すぎる。


「でしたら陛下。私たちは遠慮して、儀式の見届けはザシャ様にお願いいたしましょう。手前の部屋に私共がいれば、怪しまれる事もないでしょうからね」

「それもそうだな」

「ええええ! 陛下! パウル殿! 私なんぞが……参加してもよろしいのですか?! 私が?! あああああ! まるで夢を見ているようです……!」

「いや、神子は教会所属だろう? 帝国の教会の代表はザシャ殿なのだから、お願いするのは当たり前だろうに……」


 ファーディナントは初めて興奮するザシャの姿を見たのか、少々引いている。


「いつもの発作じゃあないか、全く。あんたはもう少し落ち着く必要があるさね。もう良い歳なんだから。陛下が引いているじゃないか」

「ああ、失礼しました……!」

「あんたがアステリア様を深く崇拝しているのは知ってるさ。ただ、変人すぎじゃないかね……」


 レノがため息をついて言うと、ファーディナントは大口を開けて笑い出した。


「レノ殿、ザシャ殿は愉快だな!」

「確かに愉快ではあるかもしれないねぇ……全く。振り回されるこっちの身にもなって欲しいさね」


 無言で同意するブラッド。レノは彼の背中を優しくさすった。そんな二人の様子を見ながら、パウルはコトハへと声をかけた。


「コトハ様。他に儀式を見届けても問題ない者はおりますでしょうか」

「そうですね……後はレノ様とアカネもお願いしたいです。レノ様は同じ神子として、アカネには儀式の際の細かい雑事と音楽を任せたいと思います」

「ふむ、二人なら問題ないでしょう。ちなみに儀式の際に必要な物などはありますか?」

「あ、それは――」


 コトハが準備する物を伝えると、パウルは手元の手帳へ書き込む。


「上のふたつは私の元に持ってきていただけないでしょうか?」

「承知しました。では、執務室へと後程お持ちします。他は儀式を行う場所へと運んでおけば問題ありませんか?」

「はい。それでお願いします」


 そう告げると、パウルは頭を下げて部屋を出ていく。コトハは彼の背中を見送った。


 パウルが席を外した後も、ブラッドとレノ、ザシャの三人はまだ話している。コトハがぼうっと三人の様子を見ていると、隣にいたイーサンから声がかかった。


「コトハ、すまない。儀式の件なんだが……」

「あれ、何か問題がありま……あった?」


 彼の顔を覗き込むと、心なしかイーサンの表情が暗いような気がする。どうしたのだろうか、とコトハは不思議に思って首を傾げた。

 そんな二人のやり取りが聞こえたレノは、コトハが言葉を言い直した事に気づく。レノは何が起こるのだろうか、と興味津々に聞き耳を立て始めた。それを見た教会の面々とファーディナントもコトハとイーサンの会話に注目している。


「俺も儀式に参加したいのだが良いだろうか?」

「儀式に……?」


 コトハは一瞬目を見開いた。そして反対側に首を傾げ、何かを考え込む。その様子を見て、イーサンは自分が参加してはいけないのだろう、と悟ったらしい。


「いや、すまない。無理に参加するつもりはないのだが――」


 そう告げたイーサンにコトハは更に驚いた表情で、イーサンを見た。


「あ、こちらこそごめんなさい! イーサンは参加者の一人として考えていたんだけど……言っていなかったね! こちらからお願いしたいわ!」


 にこやかに話すコトハに拍子抜けしながらも、安堵のため息を漏らしたイーサン。そんな彼らの姿を皆がニマニマと楽しそうに見ていたのだった。

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