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第48話

「まさに試練って感じだね」

 ソーマが疲れたようにぼやいた。

「ソーマ君がいなかったら、雪崩に呑み込まれた時点で死んでいたわね」

 私も思わずため息を吐き出す。

 現在、あの雪崩はおさまっていた。

 最後に私たちを呑みこんだことで、試練とやらは終わったということだろうか。

「エレナさんが無事でよかったよ」

 そう笑いかけてくる彼に、私も笑みをこぼす。

「それにしても……かまくらって馬鹿にできないのね」

 私は天井を見上げる。

 私たちは今、雪穴の中にいた。

 雪崩に呑み込まれた直後、ソーマが覆いかぶさってきた雪を剣で縦に切り裂く。

 そうやって生まれた雪の谷間からさらに横穴を掘り進め、壁を押し固めながら簡易型のかまくらを作ったわけだ。

 なかなかに力業だったが、おかげでなんとかこの寒い雪山でも生存できている。

 しかし別の問題も発生していて――

(外は猛吹雪ね)

 穴の外からは風の音が聞こえている。

 雪崩がおさまったのもつかの間、今度は唐突に猛吹雪が発生したのだ。

 先程の雪崩といい、どうにも自然を無視した気候の動き。

 これを偶然と断ずるのはあまりにも楽観的だろう。

(これじゃあ強引に先を目指すことも難しいわね)

「しばらくは吹雪がやむまで待機って感じかしら」

 この雪山は特に樹木もなく見晴らしがよかった。

 しかしそれも吹雪がなければという大前提の話。

 吹雪の中となれば、目印のない雪山は地獄そのもの。

 この装備で踏破できるものではないだろう。

「最悪の場合は吹雪の中を進むことになるかもしれないけど、できれば避けたいからね」

 それはソーマも分かっているのだろう。

 彼はその場に座り込んだ。

「普通の山なら待てばいつかは天気も回復するはずだけれど、試練となると……ね」

 ソーマが口にした最悪の場合。

 それはこの吹雪がいつまでもやまない可能性だろう。

 試練であるのなら、この吹雪が永続的なものである可能性も考慮しなければならない。

「うん。動き始めるタイミングはよく考えないとね」

(焦って動けば消耗するし、だからといって吹雪がやむことを期待して待ち続けるわけにもいかないかもしれない)

 吹雪の中を進むのは危険。

 だからといってこの吹雪がやまないものであるのなら、待っていてもジリ貧になるだけ。

 この見極めは難しい。

(少しでも体力を温存しておかないとね)

 ともあれ、体力を多く残しておかないということだけは間違いないわけで。

 私はソーマの隣に座ると、彼の体に身を寄せた。

「エレナさんっ……!?」

「さっき庇ってくれたとき、服が濡れちゃったでしょ?」

 布越しに冷たい感触が伝わってくる。

 雪崩に吞み込まれる直前、ソーマは私を守ろうと身を挺した。

 そのせいで服が濡れているのだ。

 軽装である彼にとってそれは致命的だろう。

「私の服のほうが生地も厚いし、こうすれば少しは温かいかなって」

 もし大きな布があれば、私たちの体を包むこともできたのだが。

 ないものねだりをしても仕方がない。

 今はこれが限界だろう。

「きっと、ここを出てからはソーマ君に頼ることも多いから。これくらいはさせてちょうだい」

 私の体に冷たさが伝わってくる。

 なら、それと同じだけ彼へと温かさが伝わっていると信じて。

 私は彼の体に身を寄せる。

「……うん」

 やがて観念したのか、ソーマからも身を寄せてくれた。

「っ」

 思わず声が漏れそうになる。

 彼の手が腰に回されたのだ。

 濡れた布越しに体がくっつく。

 そうして私たちは体を密着させ、沈黙の中をすごしてゆく。

(ここが薄暗くてよかったわ)

 そうでなければ、こんなに身を寄せ合うことはできなかっただろう。

 気恥ずかしさで上がる体温。

 それが少しずつソーマへと伝わってゆく。

 なんというか……複雑な気持ちだ。

 この体温の原因に彼が気付いていないことを祈るしかない。

「ソーマ君」

 いたたまれなさに耐えかね、私は声を出す。

「あの声は、まだ聞こえているの?」

「……うん」

 うなずくソーマ。

 腰に回された手に力がこもってくる。

 こんな薄暗い場所では、特に精神的に負担が大きいのだろう。

 想像するだけで胸が痛い。

「そうなのね……」

 私の頬が彼の胸板に振れぬ。

 濡れたシャツから伝わる冷たい感覚。

 その奥から彼の鼓動が聞こえてくる。

(こうやって待っている間も、ソーマの精神は少しずつ汚染されている)

 魔王を殺せ。

 その声が聞こえ続けるせいで、彼はまともに眠ることもできなくなる。

 そうして徐々に精神がすり減っていく。

 思い返すのは原作で描かれた憔悴してゆく彼の姿。

(何もしてあげられるのかも思い浮かばない自分が嫌になる……)

 助けてあげたい。

 そういくら思っていても、それを実現するだけの力がない。

 ここにいるのが私じゃなかったら、もっと上手くできるのだろうか。

 そう思わずにはいられないのだ。

「エレナさん」

 そんな私に、彼の声が届いた。

「少し話をしてもいいかな?」

 その声は静かで、真剣なもの。

 同時に、どこか覚悟のようなものが感じられた。

「これまではなんとなくそうかなって思っても避けてきたけど」

 雑談というには神妙すぎる。

 まるで相当にいいづらいことを口にするかのように。

 自然と私の体にも力が入る。

「最後だから、聞いておきたいんだ」

 彼が口にした言葉。

 それは、



「もしかしてだけど……エレナさんって、日本から来たんじゃないですか?」


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