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第53話

「――さんっ」

 声が聞こえた。

 その声は必死で、自然と意識が引き戻されてゆく。

「エレナさんッ」

 ゆっくりと目を開く。

 そこにはソーマの顔があった。

 彼は不安そうな表情で私の顔を覗き込んでいる。

「え……?」

 寝起きのようにまばたきを繰り返す。

 どうやら私は、彼に膝枕をされているらしい。

「あれ……?」

 横たえられたまま周囲に視線を走らせる。

(エレナは……?)

 そこにエレナの姿はない。

 それに、先程までの宇宙のような空間でもなくなっている。

「戻ってきたの……?」

 いや、戻ってきたという表現は正しくないのだろうか。

 ここはあの空間に飛ばされる前の場所とも違う。

 まったく見覚えがない場所なのだから。

「やっぱりエレナさんも試練を受けていたんだね」

「ということはソーマ君も?」

「うん」

 ソーマは頷く。

「それにしても良かった」

 笑みをこぼすソーマ。

 状況から察するに、彼が試練を突破したとき私は眠ったままだったのだろう。

 残念ながら私はお世辞にも頼りになる人間じゃない。

 ずいぶんと心配をかけてしまったことだろう。

「僕のほうの試練も大変だったから、エレナさんが心配だったんだ」

「そう……なんだ」

 私は自然と右足を撫でていた。

 エレナによって折られたはずの足。

 しかしその傷は跡形もなく消えていた。

 痛みの残滓が違和感として残っているだけだ。

(試練)

 先程のやり取りを思い出す。

(あれは……試練をクリアしたってことでいいのかしら?)

 確かに最後、エレナは消えていた。

 考え方によっては突破したともいえるのかもしれない。

(なんだか、あまり釈然としないけれど)

 しかし同時に、打倒したともいいがたい。

 終始、私は彼女に圧倒されっぱなしだったのだから。

 あまり達成感がないというか。

 どうにも見逃された感が強いというか。

 心の中にモヤつきが残る。

「そういえば、ここってどこなの?」

 とはいえ、いつまでも考え込んでいるわけにもいかない。

 私は状況をソーマに尋ねた。

「わからない。目が覚めたら僕もここにいたんだ」

 彼は首を左右に振る。

「そうなのね……」

 私たちがいる部屋は半径約10メートルほどの円形。

 壁には大量のディスプレイやキーボードが並んでいる。

 窓はないが、画面の明かりによって暗さは感じない。

 ――ちなみにディスプレイに映っている数列は1ミリたりとも理解できない。

「女神様は……いなさそうだ」

 ソーマはそう息を吐いた。

 部屋はそれなりに明るく、物陰があるようにも見えない。

 たしかに誰かが隠れているようには思えなかった。

「また隠し扉を探すしかないのかしら?」

 そう言ってみるも、調べられそうな場所は見つからないのだが。

「もしくは……あれかな?」

 ソーマが見るのは壁面のディスプレイだ。

 いかにも意味ありげである。

 問題は、その意味が欠片も分からないことだけど。

「なんというか……ちょっとSFチックね」

 近未来的なデザインの空間。

 まるで宇宙船にでも乗り込んだ気分だ。

(聖魔のオラトリオの世界観に合わない感じがするわね)

 聖魔のオラトリオは中世ヨーロッパ風のデザインで統一されている。

 しかしここはサイバーチックな風合いで、世界観から外れているように思えた。

(なんだかキーボードが懐かしく感じるわね)

 元OLとしてはなかなか懐かしい物でもあるのだけれど。

(元の世界では嫌になるほど見てきたのに懐かしいっていうのも変だけど)

 それだけ今に至る経験が濃かったということだろう。

「……?」

 そんなことを考えていて、何かが引っかかった。

 ほんの少しだけ。

 だが、それを些末事と切り捨ててはいけないという直感。

「エレナさん?」

 ソーマの声を無視して私は思考に沈んでゆく。

(元の……世界)

「女神様はどこにでもいて、私たちを見守ってくれる存在」

 そうユリウスが言っていた。

 それが女神という存在を端的に示すもの。

「世界のすべてを創り、すべてを見通すとされる」

 脳裏に散らばるピースを順々に確認してゆく。

「そして、空白の聖域」

 そうやって符合する要素を再確認。

「もしかして――」

 いくつかのピースがつながってゆく。

 現れた推論はあまりに荒唐無稽。

 出来の悪い二次創作でも読んでいる気分だ。

(この世界は聖魔のオラトリオと瓜二つ)

 だが、同時にこの仮説がすとんと胸に落ちる。

(なら、この世界を作った存在は逆説的に――)

 私は手を伸ばす。

 その指先がキーボードに触れたとき――

「な――――」

 私の推測を後押しするように。

 手元に半透明の何かが現れた。

 それはまるでメニュー画面だった。

「管理者メニュー……?」

 システムウインドウ。

 その上部にはそう書かれていた。

(やっぱりそういうことだったのね)

 無茶苦茶な予測。

 しかしそれは答えを引き当てていたらしい。

(考えてみれば当然なのかもしれないわね)

 女神というキャラクターを探すから難しいのだ。

 この世界における女神。

 それと似たような立ち位置にいるのが誰かを考えればよかったのだ。

(『彼女』たちは聖女を導き、世界を動かした)

 女神は聖女を導き、魔王から世界を救った。

 じゃあ、聖女を導いた存在が女神ということだ。

(そして『彼女』たちが物語の続きを望んだから、新たな火種として勇者が用意された)

 勇者をこの世界に呼んだのは女神だ。

 じゃあ、この世界に勇者が来るストーリーを望んだのは誰?

(聖女を導いたのは誰? 勇者がこの世界に来てくれるのを望んだのは誰?)

 女神がこの世界にしたこと。

 同じようなことをしていた存在を、私は知っている。

「女神は最初からここにはいなかった」

 画面越しに聖女を導いたのは誰?

 魔王が倒されて物語が終わってから、さらに続編を望んだのは誰?

「だって女神は――」


(女神は……私たちのいた世界の人間……

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