目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第77話

「これで元の姿を取り戻せたわけだが、今後もエレナとして生活をするように」

 日本人としての姿――黒崎玲奈としての姿を手に入れてから。

 リュートが口にしたのはある意味で当然ともいえる言葉だった。

「はい」

 彼の言わんとすることは私にもわかっている。

 だから私は抵抗なく首肯した。

「いきなり見た目が変わっても困惑させてしまいますし」

(今さら魂の入れ替わりだとかいっても、話がややこしくなるだけよね)

 あくまでこの世界で、私はエレナなのだ。

 異世界から来ただとか。

 本当の名前は玲奈だとか。

 そんな話をしても周囲を混乱させるだけだ。

 私にとってあの姿が本当の姿だったとしても。

 この世界では、あれは『変装』でしかないのだ。

 そう割り切るしかない。

「そもそもその魔道具は容姿を変えているだけだ。魔力で人を判別できる魔族なら見抜くことは容易い。姿を戻しても、以前と同じくエレナとして認識され続けることだろう」

 彼の言うことももっともだ。

 魔族は魔力の扱いに長けた種族だ。

 容姿だけの偽装など、たいした障害とはならないだろう。

 もしこの魔道具を使って本名を名乗り始めたら、いきなり頭がおかしくなったと思われかねない。

 そう。分かっている

 だからこれは現実的な見地から、使わないほうが良いというだけなのだ。

「それに――」

 だから、


「その姿が本物であることを知っているのは、オレだけにしておきたいからな」


 だから、私を特別に思っているかのような言動はやめてほしいのだが――




 城の外の庭園。

 私はさわやかな風を身に受ける。

「まさか、元の姿に戻れる日が来るなんて……」

 しみじみとその事実を噛みしめる。

 太陽の光を受ければ熱を感じる。

 なのに現実感がどこか薄く、地に足がつかない感覚が続いている。

「…………元の姿、か」

(今なら、元の生活に戻れるかもしれないのよね)

 エレナの体で元の世界に戻っても意味がない。

 それが最大の問題だったのだから。

 逆説的に『黒崎玲奈』の体を取り戻したのなら、帰ることに意義が生まれるのだ。

(女神の力を手に入れてから現れたメニュー画面には、私自身が元の世界に帰れそうな項目はなかった)

 暇な時間を使い、女神の力の検証は続けていた。

 もちろん、自分が元の世界に戻る方法があるのかも。

 現実、そんなものは見つからなかったのだが。

(だけど聖域には、私が元の世界に戻るためのヒントがある可能性は高い)

 だが、やはり怪しいのは聖域を始めとした女神関連の情報だ。

 ソーマがそうであったように。

 私が元の世界に帰るための手段も、そこにあると予想している。

(姿だって、元の世界には魔道具を使った変装を見抜ける人なんていない)

 多少若返ってはいるものの、これくらい誤魔化すのは難しくない。

 期せずして、元の世界に戻るうえでの障害をクリアできてしまったわけだ。

「まあ……考えても仕方がないわよね」

(正直、元の世界に未練がないといえば噓になる)

 仕事漬けの日々が楽しかったとは言わないけれど。

 向こうには家族がいた。

 多くはないが友人だっていた。

 だから未練がないなんて言えない。

(でも今は大変な時期だもの)

 とはいえ、今は自分のことを気にしている場合ではないのも事実。

 現状、世界は波瀾に向かいつつある。

 今は水面下での動きだとしても。

 人間と魔族。

 この世界を語るうえで外せない2つの種族が争う日が近づいている。

(とりあえずは聖王国との関係が解決してから考えましょう)

 十中八九、ロイは魔王生存の情報を持ち帰っている。

 聖王国も今度に向けての準備を始めているはずだ。

「考えてみれば、聖域なんて私1人じゃあ行けないんだし」

 加え、帰還のヒントがあるであろう聖域は過酷な場所だ。

 私が勝手に行ける場所ではない。

調べようにも誰かの手助けは必須だ。

「こういうことは全部解決してから考えることね」

 考えるべきことは山積み。

 私だって、私なりに未来へと備えなければならない。

(そうやって全部解決して……そのときは、どうすればいいのかしら)

 聖王国との関係が落ち着いたとして。

 私は帰還を目指して行動するのか。

 元の世界へと帰ることのできる可能性を模索するのか。

 もしくは、いっそすべてを忘れてこの世界を生きるのか。

「エレナ様」

 考え事をしていたせいだろうか。

 私は背後から声を賭けられて初めて、ようやく意識を現実に戻す。

 声がしたほうへと振り返る。

 そこにいたのはアンネローゼだった。

「今、お時間はよろしいでしょうか?」

「え……ええ」

 どこか神妙なアンネローゼの声色。

 それに引きずられるように、私は緊張してしまう。

「エレナ様。お話が……ございますの」

 彼女はそう切り出した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?