「これで元の姿を取り戻せたわけだが、今後もエレナとして生活をするように」
日本人としての姿――黒崎玲奈としての姿を手に入れてから。
リュートが口にしたのはある意味で当然ともいえる言葉だった。
「はい」
彼の言わんとすることは私にもわかっている。
だから私は抵抗なく首肯した。
「いきなり見た目が変わっても困惑させてしまいますし」
(今さら魂の入れ替わりだとかいっても、話がややこしくなるだけよね)
あくまでこの世界で、私はエレナなのだ。
異世界から来ただとか。
本当の名前は玲奈だとか。
そんな話をしても周囲を混乱させるだけだ。
私にとってあの姿が本当の姿だったとしても。
この世界では、あれは『変装』でしかないのだ。
そう割り切るしかない。
「そもそもその魔道具は容姿を変えているだけだ。魔力で人を判別できる魔族なら見抜くことは容易い。姿を戻しても、以前と同じくエレナとして認識され続けることだろう」
彼の言うことももっともだ。
魔族は魔力の扱いに長けた種族だ。
容姿だけの偽装など、たいした障害とはならないだろう。
もしこの魔道具を使って本名を名乗り始めたら、いきなり頭がおかしくなったと思われかねない。
そう。分かっている
だからこれは現実的な見地から、使わないほうが良いというだけなのだ。
「それに――」
だから、
「その姿が本物であることを知っているのは、オレだけにしておきたいからな」
だから、私を特別に思っているかのような言動はやめてほしいのだが――
☆
城の外の庭園。
私はさわやかな風を身に受ける。
「まさか、元の姿に戻れる日が来るなんて……」
しみじみとその事実を噛みしめる。
太陽の光を受ければ熱を感じる。
なのに現実感がどこか薄く、地に足がつかない感覚が続いている。
「…………元の姿、か」
(今なら、元の生活に戻れるかもしれないのよね)
エレナの体で元の世界に戻っても意味がない。
それが最大の問題だったのだから。
逆説的に『黒崎玲奈』の体を取り戻したのなら、帰ることに意義が生まれるのだ。
(女神の力を手に入れてから現れたメニュー画面には、私自身が元の世界に帰れそうな項目はなかった)
暇な時間を使い、女神の力の検証は続けていた。
もちろん、自分が元の世界に戻る方法があるのかも。
現実、そんなものは見つからなかったのだが。
(だけど聖域には、私が元の世界に戻るためのヒントがある可能性は高い)
だが、やはり怪しいのは聖域を始めとした女神関連の情報だ。
ソーマがそうであったように。
私が元の世界に帰るための手段も、そこにあると予想している。
(姿だって、元の世界には魔道具を使った変装を見抜ける人なんていない)
多少若返ってはいるものの、これくらい誤魔化すのは難しくない。
期せずして、元の世界に戻るうえでの障害をクリアできてしまったわけだ。
「まあ……考えても仕方がないわよね」
(正直、元の世界に未練がないといえば噓になる)
仕事漬けの日々が楽しかったとは言わないけれど。
向こうには家族がいた。
多くはないが友人だっていた。
だから未練がないなんて言えない。
(でも今は大変な時期だもの)
とはいえ、今は自分のことを気にしている場合ではないのも事実。
現状、世界は波瀾に向かいつつある。
今は水面下での動きだとしても。
人間と魔族。
この世界を語るうえで外せない2つの種族が争う日が近づいている。
(とりあえずは聖王国との関係が解決してから考えましょう)
十中八九、ロイは魔王生存の情報を持ち帰っている。
聖王国も今度に向けての準備を始めているはずだ。
「考えてみれば、聖域なんて私1人じゃあ行けないんだし」
加え、帰還のヒントがあるであろう聖域は過酷な場所だ。
私が勝手に行ける場所ではない。
調べようにも誰かの手助けは必須だ。
「こういうことは全部解決してから考えることね」
考えるべきことは山積み。
私だって、私なりに未来へと備えなければならない。
(そうやって全部解決して……そのときは、どうすればいいのかしら)
聖王国との関係が落ち着いたとして。
私は帰還を目指して行動するのか。
元の世界へと帰ることのできる可能性を模索するのか。
もしくは、いっそすべてを忘れてこの世界を生きるのか。
「エレナ様」
考え事をしていたせいだろうか。
私は背後から声を賭けられて初めて、ようやく意識を現実に戻す。
声がしたほうへと振り返る。
そこにいたのはアンネローゼだった。
「今、お時間はよろしいでしょうか?」
「え……ええ」
どこか神妙なアンネローゼの声色。
それに引きずられるように、私は緊張してしまう。
「エレナ様。お話が……ございますの」
彼女はそう切り出した。