お茶会のような様相で。
それでいて世界の行く末を決める緊張感をはらんだ対談が始まる。
「それではひとまず、この場を設けた聖女様の意見を聞くとしようか」
リュートはあえてそう切り出した。
今回の話し合いは、ノア主導で開催されたもの。
よもや、なんの考えもなくこの場を用意したわけではあるまい。
そう問いかけるように。
「そうですね」
彼女もまたそうなることは百も承知だったのだろう。
ノアは落ち着いた様子でうなずく。
「私は貴方たち魔族との戦争を望んでいません」
物事の大前提を確認するように、彼女はそう言った。
人間と魔族。
2つの種族の尊像をかけた戦争は彼女の望むところではないと。
「…………」
(思ったよりも険悪じゃないのかしら……?)
彼女の言葉に内心で安堵の息を吐く。
たしかに原作においてもノアは情の深い人物として描かれていた。
もしかすると、私が思っていた以上に話し合いの余地があるのではないか。
そんな期待をしてしまう。
だが、
「なるほど。『私は』か」
リュートはそう笑う。
ノアの言葉の裏に隠れた真実を指摘するように。
「ならば、お前たちはどうなのだ?」
「……聖王国としては、この機に魔族を殲滅すべきという意見が多数を占めています」
「っ……」
思わず唇を噛んでしまう。
人間が魔族の脅威にさらされてから1年も経っていないのだ。
敵対心が色あせるにはあまりにも短すぎる。
平和路線を目指すには、2つの種族は血を流しすぎたのだ。
「それでは、どうするのだ? 我を通すか? 民意に従うのか?」
「聖女として。王女として。民の意思を蔑ろにはできないと考えています」
苦々しげにノアがそう漏らした。
彼女は救世の象徴たる聖女。
彼女は聖王国の君主たる女王。
おいそれと我を貫ける立場ではないのだ。
自分に求められた役割を放棄できるほど、彼女は奔放になれない。
「それでは戦争というわけだな」
「ですが、そうなれば多数の命が失われることになる」
ノアの言葉はまぎれもない真実。
少なくとも、前回の――ノアが魔王リュートと雌雄を決した戦いはそうだった。
「だから妥協点を模索したいのです」
「なかなかに難しいことを言う」
嘆息するリュート。
しかしそこにノアへの嘲りの色はない。
ただただ純粋に事実を羅列してゆく。
「今、戦争の火種となっているのは、人間が魔族へと持つ忌避感。それは魔族を悪と定義した聖王国の教えによるものであり、価値観。つまるところ感情だ」
価値観。あるいは宗教観。
「資源や利権に根差した戦争には譲歩の余地がある。だが、感情に起因した争いを止めることは難しいぞ?」
それらはときに合理性を無視してしまう。
実利ではなく感情が動機になったとき、人は驚くほどの愚行に手を染めてしまうものだ。
それほどに私たちは心に振り回される生物なのだ。
人間側にも被害が出るから。
そんな事実だけでは制止できないほどに。
「ええ。分かっています」
それはノアも承知していること。
彼女だって人の愚かさや醜さに触れて生きてきたのだから。
「であれば、どこに妥協点を置く?」
痛み分けでは民意を得られない。
理不尽な要求を通そうとすればこの話し合いが破綻する。
これらのバランスを上手く保つ提案はあるのか。
リュートは続きを促した。
「このままでは、私たち聖王国は魔族に戦争をしかけることになるでしょう」
魔王を討伐したことで、あとは魔族の残党を狩るだけ。
そう思っていたところで魔王生存の情報が入った。
きっと聖王国の人々は、恐怖を別の何かに転嫁するように攻撃的になってしまっている。
実は魔王が生きていて、ようやく手にした平和が崩れてしまうなんて嫌だと。
さっさと魔族という不安を視界から消し去りたいと。
「それを避けるには、相応の事実をもって国民を納得させる必要がある」
そんな人々を止めるには生半可な戦果では足りない。
だとしたら、
「魔王リュート」
「貴方の首で、他の魔族の命は保証します」
――ノアの言葉に、時が止まった。
「ふざけッ……!」
凍った空気を溶かしたのはアンネローゼの激情。
彼女の体から魔力が噴き上がる。
憤怒に突き動かされるまま、アンネローゼの手から氷柱が伸びる。
その射線の先にいるのはノア。
「ッ!」
そんな急展開に動いたのはアレンだった。
彼は王子でありながら剣の達人。
設定としてしか知らなかったそれを、彼は瞬速の抜刀によって証明する。
氷柱と斬撃。
その2つが――
「やめろ」
「やめてください」
ほぼ同時にリュートとノアの制止が響いた。
「「ッ……!」」
互いの最愛の人物から告げられた命令。
2人の動きが一瞬で止まる。
氷を伸ばしかけたまま。
あるいは剣を振り抜きかけたまま。
一時停止ボタンを押したかのように2人は固まっていた。
「アンネローゼ。戻れ」
「……はい」
「アレン。ありがとう。でも――」
「うん。分かっているよ」
諫められた2人は一歩引き、元の位置へと戻ってゆく。
(今……)
未然に防がれた攻防。
だがそこから私は1つの事実を悟っていた。
(2人が止めたからなにも起こらなかったけど、あのままだったら多分……死んでいたのはアンネローゼだった)
2人が止まったとき。
アンネローゼの氷はアレンの肩を貫こうとしていた。
だがアレンの剣は――彼女の喉元に触れていた。
止められなければ、絶命していたのはアンネローゼだったことだろう。
(王子アレン。聖魔のオラトリオの攻略対象なだけあって、やっぱり強い)
王家の1人である彼が前線に出てくるかはともかく。
もし戦争になれば、多くの魔族が彼の剣技の犠牲となることだろう。
「お騒がせいたしました」
「こちらこそ悪かったな」
ノアとリュートが互いに謝罪を交わす。
それにより張り詰めていた険悪なムードが少しだけ緩和される。
「それで、オレの首で手打ちにするという話だったか?」
もっともそれも、ほんの数秒のことだったけれども。
「それは望みすぎというものだろう?」
王の首を望む。
たしかにそれは対等に程遠い。
あまりにも人間側に都合が良すぎる提案だ。
「それくらいのものがなければ、戦争は止められません」
しかしノアはそう答える。
仮にこれが、あきらかに人間寄りの提案であったとしても。
これが国民が納得する最低ラインなのだと。
ここまでの譲歩を引き出してやっと国民を説得できるのだと。
「貴方が生きているという事実は、それほどに重いのです」