リュートのワープゲートの先は山のふもとだった。
近くに見える道は比較的ながら整地されているようだ。
おそらくそう遠くない場所に町がある場所なのだろう。
とはいえモンスターが近くにいないとも限らない。
本来であれば私たちも動かなければならないとは思っているのだが――
「うぅ……ぇぐ……っ」
私の足元には泣き崩れているリリの姿があった。
彼女はその場でしゃがみこんだまま涙を流し続けていた。
「リリ……」
「魔王様……魔王様ぁ」
私がリュートと出会ったのは半年前。
対して、リリは人生の半分以上を彼がいる場所ですごしてきた。
必ずしも時間と思い入れが比例するというわけではない。
しかしリリにとってリュートが大きな存在であることは疑いようもないわけで。
そんな彼女にかけるべき言葉が見つからないのだ。
「リリ」
だが1時間やそこらで彼女の気持ちが落ち着くとは考えにくい。
意を決して私は彼女の肩に手を置いた。
「ずっとここにいるのは危ないわ。移動しましょう?」
「ぅ……はい」
声を震わせながらもリリは頷いた。
「これから私たち、どうしたらいいんでしょうか?」
「……分からないわ」
私は首を横に振る。
「でも、まずは状況を把握しないと始まらないわ。とりあえず近くの町を目指しましょう」
ここはリュートが座標を指定した場所だ。
彼のことだから危ないところは選んでいないはず。
とはいえ土地勘のない私にはここがどこなのかも分からないわけで。
情報を集めなければ行動の起こしようもない。
(そうやって現在地を確認して……)
とりあえず近くにある町に向かって。
そこの名前がわかればおおまかな位置が把握できる。
そうすれば、
(確認して……どうすればいいのかしら)
そうすれば、どうなるのだろうか。
場所を把握したとして。
それから私たちはどう行動すればいいのか。
(普通の人間として……生きていけばいいの?)
私は顔を隠し。
リリは翼を隠して。
普通の人間のように生きていけばいいのだろうか。
(きっとそれがリュートの望み)
そのために彼は追放という形で、私たちを逃がしたのだろう。
それは分かっている。
(だけど、それでいいの?)
そんな問いかけが脳裏で響いてくる。
(それで私は納得できるの?)
――どの選択が正しかったかなど神にも分からないのだ。他の誰がどう言おうとも、自分が正解だと信じたのならそれが正解だ。
――不正解を正解に変えてしまうほどに信じろ。
舞踏会でリュートと踊ったとき。
彼が口にした言葉が脳内でリフレインする。
(その選択が正しいって、私は心の底から信じられるの?)
このまま魔族と人間の戦争が起きたとして。
そのまま魔族が滅んでゆく様を見てみぬふりをして。
――いや、
もしもリュートたちが勝利することで魔族が存続することができたとしても。
ただの傍観者として降りかかる運命を見ているだけの日々をすごしたのなら。
(分からない)
未来の私は、そんな生き方を選んだ自分をどう思うのだろうか。
☆
今日もいつもと変わらない静寂にエルフの森は満たされていた。
長命種ゆえか、はたまた単にエルフがそういう気質の者の集まりなのか。
私――ユリウス=アトリーの故郷は変化というものに乏しい。
人間が数年で走り抜けるような変革を、私たちは数十年という時をかけて歩いてゆく。
それはエルフが他の種族とかかわらないからこそ。
傍観者として歴史の移り変わりを見ているだけで、自分たちの手で歴史を動かそうという意思を持たないから。
エルフは外部への干渉をほとんど行わない。
だからこそ、エルフが外部からの干渉を受けることも少ない。
自分たちだけで完結し、不意の出来事などめったに起こらない予定調和の森。
――ゆえに外部から手紙が届くなんてことはエルフにとって事件なのだ。
「手紙? こんな時期に……誰だ?」
私が手にしている手紙。
それを目にした友人が怪訝な表情を浮かべている。
ここ数十年で森を出たエルフは私だけ。
だから私に宛てられた手紙というものが物珍しいのだ。
「そうですね……」
その手紙に名前は書かれていない。
ただ少し魔力の残滓が感じられるだけ。
もっとも、それはある意味でどんな言葉よりも手紙の差出人が本人であることを示すのだけれど。
筆跡を偽ろうとも、封蝋を似せようとも。
この魔力を真似ることだけは叶わないのだから。
「最近知り合った方から、とだけ」
私は微笑んで手紙を折りたたむ。
なかなかに興味深い内容だった。
ゆえにあまり他人に読ませる類のものでもないだろう。
私は手紙を地面に落とした。
すると手紙は植物へと変わり、森の一部へと還ってゆく。
人間であれば手紙を隠滅のため焼くところかもしれないが、エルフにとって紙を自然に戻すことなど造作もないことなのだ。
そもそも、森の中で火気を扱うのは良い顔をされないのだから処分方法はこれでいい。
「最近? ああ……聖女様か」
友人は納得したような表情を浮かべる。
エルフは世界の傍観者。
だが、別にそれは他種族との関わりを禁じているというわけではない。
あえて言うのなら、興味がないと言うべきか。
ゆえに積極的に魔王と戦った以前の私も、特に排斥されるようなこともなくちょっとした変わり者程度で済まされていたわけだ。
むしろ変化のない生活をしている彼らから、娯楽代わりに聖女との旅の話を聞かれたくらいである。
――それでも今度は自分が旅をしようと思う者が現れないあたり、やはりエルフは出不精な種族なのだと再認識してしまったけれど。
「ふふ……」
思わず微笑みがこぼれる。
私もエルフの例に漏れず、穏やかな生活が好きだ。
しかしそこはやはり変わり者と言われるだけのことはあるのか。
生きている中で適度な刺激を楽しむ心も持っている。
「人間と魔族の全面戦争……来るべきが来たということですか」
魔王リュートが生きていた。
その時点で、いつかは訪れるだろうと思っていた戦いの未来。
どうやらそれは想像よりも早くに訪れてしまったらしい。
私としてはその行く末に干渉するつもりはなかったのだが――
「こんな頼みごとをされてしまったら、私も動かなければいけませんね」
どうやら私もこの歴史の転換点に立ち会わなければならない運命らしい。
そんなことを考えながら、私は身支度を始めた。