その日の夜。ユースはまた一人で宿屋の外で素振りをしながら、旅でのカロンとのやりとりを思い出していた。
(あんな崖下でも臆することなく今まで一人で採掘に行っていたのか……あんな場所、女性一人で行くような場所じゃない。本当に、今まで無事でよかった。それに今回は俺が一緒でなかったとしたら、カロンはワイバーンの餌食になっていたかもしれない)
もしかしたらの光景を想像し、ユースは眉間に皺を寄せて素振りをする手に力がこもる。自分が一緒で本当に良かったと、心の底からユースは思った。それから、雨宿りした時のことを思出す。
(雨宿りした時、仕方がないとはいえカロンを抱き寄せる形になってしまったが……)
嫌がられでもしたら申し訳ないと思ったが、カロンの様子を見るに、嫌がられている様子はなく、むしろ照れているように見えた。
(カロンが俺みたいな男に照れるなんてことあり得ないと思うが、もしそうであったなら純粋に嬉しい)
カロンを抱き寄せた時、ふわり鼻先をくすぐる良い香りや、細いのになぜか柔らかい体つきをつい思い出して身体中が熱くなる。こんな感情も感覚も、今まで無かったことでユースは自分自身に戸惑ってしまう。それに、あんなに細くて柔らかいのに、鉱石を採取するために今までカロンは一人で旅に出ていたのだ。その勇敢さにユースはやはり驚き、感心してしまう。
(お昼にはカロンに今度手料理を作ってもらえる約束もした。カロンのことを少しづつだが色々と知ることができて距離も縮まっている気がする)
もっとカロンのことを知りたい。もっとカロンと仲良くなりたい。素振りをしながら、ユースは自分でもわからないほどほんの少しだけ微笑んでいた。
◇
「色々とありがとうございました!」
「またカロンに会えて良かったよ。素敵な用心棒もできたことだし、カロンの店も安泰だね」
翌朝、カロンが笑顔でお礼を言うと、レーヌは笑顔でカロンを抱きしめてそう言った。
「カロンのこと、これからもよろしく頼むぞ。あんたなら、カロンのことを任せられる」
「ああ、カロンは俺がこれからも守ってみせる。幸せにしてみせる」
店主が真面目な顔でユースに言うと、ユースは力強くそう返事をした。
(えっ?ユースさん、えっ?いや、ユースさんのことだから深い意味はなさそうだけど)
ユースの言葉に、カロンもレーヌも店主も目を丸くしてユースを見つめた。それから、レーヌが嬉しそうに大声で笑う。
「あんた、やっぱりいい男だね!気に入ったよ。またカロンと一緒においで。その時はいい報告を期待してるよ」
「えっ?レーヌさん何言ってるんです?ええっ!?」
カロンは顔を真っ赤にしてそういうが、ユースは相変わらず表情を変えずにまた力強く頷いた。
(ユースさんて何考えてるかあんまりよくわからないけど、発言もどういう意図で言ってるのかわからなくて困っちゃうな……あんな言い方されたら、レーヌさんたち勘違いしちゃう)
宿を出て馬に二人乗りしながら、カロンは店に着くまでずっとドキドキした気持ちを持て余していた。相変わらず馬の上ではユースと密着しているし、余計にドキドキは止まらない。そんな中、ようやく店の近くまでやってきたが、店の周囲がやけに騒がしいことに気づいた。
「店の周りに人が集まっているな」
「なんでしょう?」
店の近くまで行くと、店の前には騎士のジェダがいる。二人に気づいたジェダは、ユースに抱き抱えられるようにして馬に乗るカロンを見て忌々しそうな顔をしながらユースを睨んだ。
「こんなところで何をしているんですか?」
ユースより先に馬を降りて、慌ててカロンが尋ねる。すると、ジェダは不機嫌そうにカロンに近づいてカロンの腕を掴んだ。
「なっ、何なんですか急に!」
「俺と言う男が居ながら、あんな奴と旅行か?しかも馬に二人乗りだなんて。全く、こんなあばずれだとは思わ真なったよ、カロン」
グイッと腕を引いて、カロンの耳元でねちっこく囁く。ジェダの言葉に、カロンはゾッとして腕を振り払おうとするが、ジェダは腕を掴む力を緩めるどころかさらに強くする。
「なあ、あの男と一緒の旅行は楽しかったか?あいつと一緒に旅に出れるなら俺とも一緒に旅に出よう。どこがいいかな、ああ、でも初めての旅行はハネムーンだな。そう遠くない未来、すぐにやってくる。楽しみだなぁ、カロン」
「何わけのわからないこと言ってるんですか!あなたとなんて絶対行きませんから!いい加減離してください!」
カロンが悲痛な叫びを上げたその時、カロンの腕を掴んでいたジェダの手をユースが掴み、カロンから引き離す。
「いい加減にしろ、それが騎士のすることか?」
ジェダの腕を掴み、ユースが怒りに満ちた形相でジェダを睨みつける。
「ははっ、相変わらずヒーロー気取りか?気に食わないな。お前は本当に気に食わない!」
そう言ってジェダが突然ユースに拳を向ける。だが、ユースはそれを片手で受け止めた。
「騎士が一般市民に拳を向けていいのか?人に見られているぞ」
「……ふん」
ユースの言葉に、ジェダがつまらなそうに拳を引っ込める。
「なあ、カロンちゃん、あの騎士と結婚してこの店を辞めるって本当か?」
「えっ!?」
近くにいた店の常連客にそう言われて、カロンは驚く。だが、他の人たちも不安そうな顔でカロンを見ている。
(どういうこと?どうして私が?)
「この騎士が言ってたんだよ、俺とカロンはもうすぐ結婚するからこの店は騎士団のものになるって」
「そんな!そんなの嘘です!」
「嘘じゃないだろ、カロン。お前はもうすぐ俺と結婚するんだ。お前の保護者にも承諾はとってある」
「保護者?私には保護者なんていません!」
「いるだろ、親戚の夫妻が」