「父を頼ることはできない?どういうことですか?」
ハッ、と薄ら笑いを浮かべたまま、ジェダはヴァンへ聞く。
「お前の父親は不正を働いた罪で先ほど捕まった。恐らく、お前の父親は爵位を剥奪されるだろう。お前の後ろ盾はもういない」
「……は?何を言って……」
「それから、お前が今まで行ってきた騎士団内での身勝手な振る舞いについて騎士団本部で追及することになった。最近だとそうだな、勝手に採掘場を騎士団専用にしたり、採掘場に勝手に魔物を誘き寄せる香炉を置いていただろう。その件についても詳しく聞かせてもらう」
「そ、それは!採掘場に魔物を誘き寄せれば、一般人は採掘することができなくなって、騎士団に頼らざるを得なくなると思って……各地の採掘場を騎士団のものにするためです!」
「それを、なぜお前が勝手に行っている?騎士団内では何も話し合いは行われていない。相談も報告も何も無しだ。今までもお前が一人で勝手に行ってきたことは他にもある。全て追及するから心するように」
ジェダを見るヴァンの瞳はどこまでも深い闇のように暗く、ジェダはひっ!と怯える。
「いいか、お前は今まで父親の後ろ盾があったから好き放題できたんだろう。だが、もうその父親に権力はない。お前は何もできない」
「は……そ、んな……」
ジェダは呆然として佇んでいるが、そのジェダの腕をヴァンが連れていた騎士二人が掴む。
「な、何をする!離せ!」
「騎士団本部へ連行する。大人しくしろ」
ヴァンがそう言うと、騎士二人はジェダを連れて騎士団のマークが入った馬車へ乗せ、馬車は颯爽と走り去って行った。
(行ってしまったわ……まるで嵐が去ったみたい)
ぽかんとした顔でカロンが走っていく馬車を見ていると、ヴァンが周囲へ視線を送る。ヴァンの視線に気づいた常連客や街の人々はひっ!と小さく悲鳴を上げて肩を窄ませた。
「この度は、騎士の一人が大変迷惑をおかけして申し訳ありません。今回だけではない、今までも、随分と迷惑をかけてきました。お詫び申し上げます」
そう言って、ヴァンはその場で深々とお辞儀をする。その姿を、その場にいた誰もが唖然として見つめていた。
「騒ぎはおさまりました。今後はこのようなことがないよう徹底していきますので、今回はどうか速やかにお引き取りください」
ヴァンがそう言って顔を上げると、人々はそういうことなら仕方ないと渋々その場から立ち去っていく。
「あ、あの!皆さん!」
突然、カロンが声を上げた。
「さっきは、あんな風に声を上げてくださってありがとうございました!本当に、嬉しかったです!」
両手をぎゅっと握り締め、カロンは大きな声でそう言った。すると、立ち去ろうとしていた人たちは振り返りカロンを見てにっこりと微笑む。
「いいってことよ。みんな、この店とカロンちゃんが大好きなんだから。ああ、あと用心棒さんのこともな」
「そうそう、あれは当然のことだよ。だから気にしないで」
「皆さん……!」
用心棒さんのことも、と言われて、ユースは驚いて目を見張り、すぐに小さくお辞儀をした。
(ユースさんのことまで……本当に、皆さんいい人たちばかりだわ)
カロンの胸の中に、じんわりと温かいものが広がっていく。ユースを見上げると、ユースがカロンの視線に気づいてカロンを見る。カロンは思わずにっこりと微笑むと、ユースはまた目を大きく開いてから、優しく微笑み返した。
それじゃ、またね!と口々に言ってその場から一人、また一人といなくなっていく。そして、その場にはカロンとユース、ヴァンだけが残った。
「あなたにも、きちんと謝罪しなければならないですね。うちの騎士が本当にご迷惑をおかけしました」
「あ、いえ!こちらこそ、助けていただいてありがとうございました」
カロンが慌ててそういうと、ヴァンは少し微笑んでからユースに視線を向ける。
「久しぶりだな、ユース。話には聞いていたが、まさか本当にここで用心棒をしているとはな」
「……お久しぶりです」
ユースは、表情の読めない顔で小さくお辞儀をした。
(ユースさんと騎士団長さん、お知り合いなのかな?……そっか、ユースさん元々騎士だったから、知り合いでもおかしくない)
カロンは不思議そうな顔で二人を見つめていたが、すぐに何かに気づいて両手を小さく叩いた。
「そうだ、立ち話も何ですし、中に入りませんか?騎士団長さんにもお礼をしたいですし、たいしたおもてなしはできませんが、お茶でも召し上がって行ってください」
「そう言ってくれると助かります。俺も、ユースに話があるので」
ヴァンの言葉に、ユースはほんの少しだけ眉を顰めた。
◇
「先ほどは本当にありがとうございました。おかげで、この店も今まで通りやっていけそうです」
店の奥にある雑談室にヴァンとユースを通すと、カロンはヴァンとユースの前にお茶を出す。お茶のほんのりとした良い香りが鼻先をくすぐり、ヴァンもユースも目を細めて小さく微笑んだ。そんな二人を見て、カロンは嬉しそうにしながら自分の席の前にもお茶を置いて席についた。
「この店、それに店主のあなたには今まで随分と迷惑をかけてしまいました。ようやくこうして解決することができてよかった」
そう言って、ヴァンはお茶を一口のみ、ほうっと息を吐く。そんなヴァンを見て、ユースは静かに口を開いた。
「……今まではあなた以外の人間が団長だったから解決できなかったということですか」
「俺の前に何人もあの男のせいで団長が変更している。ほとんどが騎士団を追われるか降格した。俺に団長の座が回ってきてようやく、あの男もあの父親も引き摺り下ろすことができたんだ」
ヴァンはずっと、ジェダとジェダの父親の動向を探り、ジェダの父親の不正を暴くために水面下で動いていたそうだ。ジェダたちにバレればすぐに潰される。そうならないよう、目立たないよう細心の注意を払いながらジェダの父親の不正を告発する機会をうかがっていた。
「ジェダの父親の権力さえ無くなれば、ジェダは騎士団で大きな顔をすることはできない。あの男の今までの数々の勝手な行いについても追及することができる。ようやく騎士団内を整えられる時がきた」
ニッ、とヴァンは口の端に弧を描いて力強く頷いた。そんなヴァンを見つめてから、カロンはユースとヴァンに話しかける。
「あの、騎士団長さんとユースさんは古くからのお知り合いなんですか?」
「ああ、俺が騎士だった頃、ヴァン団長は先輩で、他の隊の隊長だった」
「ユースは本当に良い騎士だったよ。……あの時、俺がもっと何かできていればユースは騎士を辞めなくて済んだかも知れない。本当にすまなかった」
「いえ、あの時も言いましたが、下手に俺を擁護すればヴァン団長も嫌がらせを受けて最悪辞めさせられた可能性があります。あれで、よかったんです」
ユースが淡々とそういうと、ヴァンは静かに瞼を閉じて、ふうっと息を吐く。それから、すぐに目を開いて真剣な顔でユースを見た。
「お前ならそう言うと思ったよ。だからこそ、今お前に言いたい。騎士団に戻ってこないか」