「騎士団に戻ってこないか」
ヴァンの言葉に、ユースは目を見張る。カロンも、驚いた顔でヴァンとユースを交互に見つめた。
「今更何を、と思うかも知れないが、今だから言えるんだ。随分と遅くなってしまったと思ってる。だが、俺はずっとお前に戻ってきてほしいと思っていた。俺が騎士団長になってジェダの件が解決したら、絶対に言おうと思っていたんだ。お前は傭兵や用心棒でおさまっていて良い器じゃない。お前の実力は騎士団に必要なんだ。戻ってきてくれないか」
ヴァンはユースを真剣な顔で見つめる。ユースの瞳はヴァンを見ているが、動揺で揺らいでいた。
(ユースさんが、動揺してる……)
いつも冷静沈着なあのユースが、こんなにも心を乱して動揺していることに、カロンは驚いてしまう。それだけ、ユースにとってこの話は単純なものではないのだろう。カロンはただ黙って二人を静かに見守っていた。
「……騎士団を離れてから随分と経っています。今更、騎士団に戻ったところでうまくやれるかわかりません。それに」
ユースは一瞬だけカロンを見て、ヴァンに視線を戻す。
「俺は今ここの用心棒です。騎士団に戻るからとあっさりこの店を見捨てることはしたくない。それに、騎士団に戻ったらカロンが採掘へ行く際に同行できなくなってしまう」
「……へ?」
突然自分の名前が出てきてカロンは思わず変な声を出してしまった。まさか、この店のことや自分のことで騎士団へ戻ることを躊躇うとは思わず、カロンは目を丸くしてユースを見た。
「いえ、あの、ユースさん?この店のことは気にしないで下さって構わないんですよ!ユースさんの人生に関わることです、私の採掘に同行することと騎士団に戻ることを同じカテゴリーに入れないでください」
カロンが両手をばたつかせながら慌ててそう言うと、ユースは眉間に盛大に皺を寄せて不満げにカロンを見つめた。
「俺とっては騎士団に戻ることと、カロンの採掘に同行することは同じくらい大切なことだ」
「ひえっ」
(ええええ、そんなに?そんなにですか?)
怒っているのではないかと思うほどの低い声で言われてしまい、カロンは思わず小さく悲鳴を上げる。それを見て、ヴァンはククク、と笑い始めた。
「いや、ユースらしいな。それほどまで、ユースにとってこの場所もあなたのことも大切なんでしょう。あの堅物のユースが、一人の女性とその店を守っていると聞いた時はそんな気はしていたが、まさかこれほどとは。……参ったな」
「……すみません」
頭をガシガシとかきながらヴァンは苦笑してそう言うと、ユースはヴァンを見て真顔で謝った。
「いや、良い。お前にとって大事な存在ができたと言うことは俺も嬉しいよ。この件はすぐに答えを出さなくてもいい。ゆっくり考えて見てくれ。店主さんともよく話し合うといい」
「はい」
◇
ヴァンが店出てから、店の中はユースとカロン二人きりになった。シーンと店内に静寂が訪れる。ユースは飲み干したティーカップの底をただ黙って見つめていた。
(う、なんか沈黙なのつらいな。かといって何を話して良いのかわからないし。きっとユースさんは騎士団長さんに言われたこと真剣に考えているんだろうな)
ユースにこの店を辞められるのは正直辛い。ユースのおかげで変な客は来なくなったし、ユースが採掘場へ一緒に行ってくれるようになったおかげで、カロンは全く怪我をすることなく魔鉱石花を採取することができるようになった。旅の最中も、恐ろしい魔獣に出会うことがなくなった。
何より、カロンにとってユースと一緒にいる時間は心地よくて、楽しくて、大切な時間になっていた。一緒にいるとドキドキして胸がキュッとなって、嬉しくなったり驚いたり、心臓も心も自分の全てが騒がしくて、でもそんな騒がしさが愛おしくて。きっと、ユースのことを好きになってしまっているのだと、カロンは少しずつだが気づいていた。気づいていて、それでもお互いのために気づかないふりをしていたのだ。
(ユースさんにとっては今後の人生に関わることだし、騎士として生きていく方がユースさんにとって一番良いことなんじゃないかな。元々は騎士だったんだし、あれだけの実力をここにいることで燻らせてしまうのは、違うと思う)
ユースと離れれるのは正直寂しいし辛い。ユースが騎士団に戻ってしまったら、もう今までのように気軽に顔を合わせることも難しいだろう。それでも……カロンは机の下で両手をぎゅっと握り締めて、ユースを見る。ユースはまだティーカップの底をじっと見つめたままだ。
「ユースさん」
カロンが声をかけると、ユースはハッとしてカロンを見る。
「騎士団に戻るか、ここに残るか、迷っているんですよね?だったら、ここのことなんて気にせずに、迷わず騎士団に戻ってください。ユースさんは、騎士団にいるべき人だと思うんです。こんなところで私のそばにいるより、騎士として多くの人たちのためにその力を振るった方が絶対に良いはずです。ユースさんの居場所は、きっとここじゃなくて、騎士団なんです」