「だから、この店や私のことなんて気にしないで、ユースさんはユースさんの思う通りに、思うままに生きてください」
ね?と首を傾けて微笑むカロンを見て、ユースは目を見張る。
(ちゃんと笑えてるかな?笑顔、ぎこちなくなってないかな?どうかユースさんにバレませんように)
心臓がドクドクとうるさい。指先の血液が一気になくなって、冷え切っていくのが自分でもよくわかる。それでも、ユースに悟られないように、カロンは笑顔をユースへ向けていた。
「……カロンはそれで良いのか」
「はい」
「俺がいなくても、気にならないのか」
「……はい」
「また怪我するかもしれないのに?魔獣に会うかもしれないのに?」
「大丈夫です!ユースさんが来る前は全部一人でやってましたから。ユースさんと出会う前に戻るだけです、だから、大丈夫ですよ」
(だめだ、最後の方、声が震えちゃった。どうか、気づかれませんように)
机の下で、ぎゅうっときつく拳を握りしめる。この気持ちは、不安は、悲しみは、寂しさは、絶対にユースに気づかれてはならない。気づかれて、心配されて、ユースの未来を潰すことだけは絶対にしたくない。
「カロンは、俺がいなくても、平気なんだな」
ユースはそう言って、カロンの頬にそっと手を伸ばす。ユースの蒼い瞳がカロンの瞳を射抜いて離さない。ユースの手がカロンの頬に触れそうになる瞬間、カロンはハッとして体を後ろに引いた。そんなカロンの態度に、ユースの伸ばした手は宙で止まる。
「……すみません」
思わずカロンがそう言うと、ユースは宙に浮かんだままの自分の手を見つめて首を振り、手を静かに下ろした。
「良いんだ」
そう言って、ユースは席を立って自分の荷物を肩にかけ、ドアの方へ歩き出した。カロンは慌ててユースの背中を追いかける。
「カロン」
ユースはドアの前で立ち止まると、カロンの名前を呼びながら振り返った。
「約束してくれ、俺のいない間、絶対に無理はしないと」
ユースの言葉と見たこともない真剣な表情にカロンは一瞬絶句するが、すぐに笑顔を作ってユースに向ける。
「はい、大丈夫です。約束します、無理はしません」
カロンの言葉を聞いて、ユースは悲しげに微笑んだ。
「ユースさん、今まで本当にありがとうございました。ユースさんが守ってくれたおかげで、このお店は無事で、たくさん鉱石花を採ってくることができました。お体に気をつけて、頑張ってくださいね。ユースさんのこと、ずっと応援してます」
カロンはとびきりの笑顔でユースにそう言うと、ユースはカロンの顔を見てから何かを言いかけて、すぐに口を閉ざす。そして視線を逸らして一点をじっと見つめると、何も言わずに店を出て行った。
カランカラン
ユースが出ていった店内には、ドアベルの音だけが静かに響いた。
「……行っちゃった」
最後は、何も言わずにユースは出ていってしまった。何かを言いかけたけれど、何を言おうとしたのだろうか。その言葉はなんだったのか、きっともう二度と聞くことはできない。
「そうだ、片付けしなきゃ……」
採掘から帰ってきてすぐにジェダが店の前にいて、ヴァンと話をして、ユースが出ていったので、旅の片付けは全くしておらず、これからだったことを思い出した。重い足取りで店の奥に行くと、テーブルに置かれたティーカップに気がつく。ついさっきまで、ユースがそこでお茶を飲んでいたことを突きつけられるようで、カロンは目を逸らす。
片付けようと荷物を見ると、ユースと一緒に旅をしたことが走馬灯のように頭の中を駆け巡る。馬に一緒に乗ったことも、宿屋で過ごしたことも、ワイバーンから助けてもらったことも、雨宿りしたことも、全てがいとも簡単に思い出されてしまう。
ぽたり、と床に水滴が落ちる。カロンは、泣いていた。
「う、いなく、なっちゃった」
カロンはその場にしゃがみ込み、両手で顔を覆った。涙は両目から止まることなく流れていく。
引き止めればよかったのだろうか。行かないでほしい、これからも一緒にいてほしい、そう言えればよかったのだろうか。もしそう言えていたならば、こんなに辛い思いをしなくて済んだのだろうか。
(そんなの、言えない、そんな身勝手なこと、言えないよ)
ユースには騎士として幸せになってほしい。志半ばだった騎士としての思いを全うしてほしい。そう思って、カロンはユースを笑顔で送り出したのだ。両手で目を何度も擦りながら、カロンは呻き声をあげて一人泣き続けた。