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第27話 約束

 ユースがカロンの店を出て行ってから一ヶ月が経った。


 カランカラン


「いらっしゃいませ、あ、サインズさん!」

「よっ、近くまで来たから寄ってみた」


 店に入ってきたのはサインズだ。ユースがいなくなってから、サインズは店にこまめに顔を出すようになっていた。


「いつもありがとうございます」

「いんや、ユースにもなるべく店に顔を出してくれって頼まれたからな」


(ユースさん、サインズさんにそんなこと言ってたんだ)


 サインズの言葉に、カロンは一瞬だけ寂しそうな顔をするが、すぐにいつもの笑顔になった。そんなカロンの顔を見て、サインズは少しだけ辛そうな表情になる。


「ユースはあれ以来一度も来てないのか?」

「そう、ですね。きっと騎士になって忙しいんだと思いますし、そうでないと困ります」


 フフッと微笑みながら言うカロンを、サインズは苦しげに見つめる。


「なぁ、そんなに無理して笑わなくってもいいんだぞ?ユースを紹介したのは俺だし、俺にも責任がある。俺の前ではそんなに頑張らなくても……」

「大丈夫ですよ、ユースさんと出会う前に戻っただけですし。今はまだちょっと寂しいですけど、でも時間が経てば前と同じようになると思うので」

「……そう、か。それならいいけど」


 笑顔で言うカロンに、サインズはそれ以上何も言えない。


「それに、サインズさんには感謝してるんですよ。ユースさんがうちの店にいてくれたおかげで色々問題が解決して、今はお店も安泰です。だから、サインズさんは責任を感じなくて良いんですよ。むしろ感謝しかないですから。ありがとうございます」


(ユースさんと出会えたことでよかったことは沢山ある。素敵な思い出だっていっぱいできたんだもの。寂しいとばかり思って、素敵な思い出が悲しみで染まってしまうのは絶対に違う)


 真っ直ぐな瞳でサインズを見つめ、嬉しそうにそういうカロンを見て、サインズは頭をかきながら苦笑した。


「あー、カロンちゃんには敵わないな。……そういえば、採掘には行ってるのか?」

「在庫が無くなってきたので、来週久々に行こうと思ってます」

「一人で大丈夫なのか?ユースに無理するなって言われたんだろ?」


 ユースが店を出て行く時に言われたことを思い出して、カロンは苦笑する。


「言われましたね。無理はしませんって言っちゃいましたし、なるべく危険が少ない場所で採掘するつもりです」


 そうは言っても、採掘の旅は当然のように危険が伴う。どんなに気をつけてもハプニングはつきものだ。


「ユースがいる前はカロンちゃんいっつも怪我して帰って来てたもんな。やっぱ心配だよ。俺が一緒に行ければ良いけど、俺も仕事があるし、俺なんかじゃ役に立たないしな」

「そんな!心配しないでください。怪我は……しちゃうかもですけど、無理はしないってユースさんとも約束してますし。なるべく怪我しないよう気をつけます」


 心配そうに小さくため息をつくサインズに、カロンは申し訳なさそうに言った。






(よし、荷物はオッケー。地図も入れたし、忘れ物はたぶんない、はず!)


 採掘へ行く日、カロンは荷物を背負ってドアの前まで行き、振り返って店内を見渡した。夜明けより少し前なので店内はまだ薄暗く、独特の静けさに包まれている。


(またちゃんと、ここに無事に帰ってくる。大丈夫、私は今までだって無事に戻ってこれた。もし何かあって死ぬことになっても、それが私の寿命ってこと。ちゃんとやることはやってきた、精一杯生きてきた。後悔しない、うん)


 一人で採掘に行く前、いつも出発前に店内を見渡しながら心の中で唱える言葉だ。採掘への旅は命の危険を感じることが当たり前にある。だからこそ、いつどうなっても良いように毎瞬毎瞬を精一杯生きてきたつもりだ。


(後悔、しない?本当に?)


 ふと、ユースのことが頭をよぎる。今、自分の身に何か起こって二度とユースに会えなくなったとしても、本当に後悔しないだろうか。


(ダメダメ、余計なことは考えない!あの時の私はちゃんとあの時の最善を考えて行動したはずなんだから)


 雑念を振り払うかのようにブンブンと大きく頭を振ってから、カロンは両手で頬をぱぁん!と叩いた。


(よし!行くぞ!)


 ふんす!と鼻息を荒くして店内をもう一度見渡してから、ドアの方を向いてドアノブに手をかける。そして、ゆっくりとドアを開けると、ちょうど朝日が隙間から入り込んできた。


(んっ、眩しい)


 目を細めて前を見ると、そこに人影があった。


(え、誰かいる?)


 人影の背後から朝日の光が煌々とさして、眩しくて顔が見えない。だが、そのシルエットには見覚えがあった。


(ま、さか、そんな)


 朝日が雲に少しだけ隠れ、その人の姿がくっきりと見えてくる。カロンは、大きく目を見開いてその人を見つめていた。





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