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第32話 ハプニング

 その日、あっという間に夜が来てしまい、ユースはカロンが居住している店の二階にいた。小さなダイニングルームで、カロンとユースは夕食を囲んでいる。


(本当にユースさんがここに寝泊まりすることになるなんて)


 目の前に座って食事をしているユースを、カロンはまだ信じられない気持ちで見つめている。


「カロンの手料理、美味しいな」

「本当ですか?よかったです」


 カロンがホッとして言うと、ユースは小さく微笑んでから黙々と食べ続ける。そして、あっという間に食べ終わってしまった。


(ユースさん、食べるの早い!一口が大きいものね。でも、美味しいって言ってもらえてよかった)


「カロンの手料理を食べたいと思っていたから、叶ってよかった」

「そういえば、採掘に行った時に言っていましたもんね。レーヌさんの料理には敵わないですけど、お口にあったならよかったです」

「レーヌさんの料理とはまた違った美味しさがある。それに、カロンの作るものなら全部美味しいと思えるよ」


(なっ、またそんなこと、さらっと言ってしまうんだから!)


 カロンが頬をほんのりと赤らめると、ユースはカロンを愛おしそうに見つめる。


(う、空気が、なんか甘い!)


 ユースに告白されてからと言うもの、ユースから向けられるカロンへの視線や動作が全て甘いのだ。普段は無口で無愛想に思われがちなあのユースが自分にだけ向けるその甘さに、カロンはいつもくらくらしてしまう。


(犯人が捕まるまでユースさんがここで寝泊まりだなんて……心臓持つかな?)





 食事が終わり、カロンが食器を洗っていると、隣にユースがやってくる。


「カロン、手伝おう。何をすればいい?」

「え、でも別に洗うだけですし」

「いや、一緒に住まわせてもらう以上、何もしないと言うわけにはいかない。手伝わせてくれ」

「……それじゃ、洗ったものを拭いてもらえますか?」


 新しい布巾を渡すと、ユースは洗ったばかりの食器を手際よく拭いていく。


(なんだか、同棲してるみたい。……って、何考えてるの!?ユースさんは窃盗犯を捕まえるために泊まってくれてるだけなのに)


 本来であれば、呑気に恋人気分を味わっている場合ではないのだ。緊張感を持つべきなのに、とカロンはブンブンと首を振った。それから、洗い物が済んだカロンはユースが拭いてくれた食器を棚にしまっていく。それを見て、ユースも一緒に片付け始めた。


(ついでにこれもしまっちゃおうかな。ここの棚の上っと……)


 使わなくなって置いたままの食器をついでにしまおうと思い、手の届かない棚の上を見上げ、カロンは小さな台に乗った。食器を棚に置いて、台から降りようとしたその時。


「危ない!」


 カロンは足を滑らせて体勢を崩しよろめく。カロンがそのまま床に倒れ込みそうになったところを、ユースが間一髪のところで受け止めた。


「大丈夫か!?」

「っ、すみません……!」


 ユースに抱きしめられたまま、カロンは床に倒れている。慌てて起きあがろうとすると、ユースがゆっくりと体を起こしてくれた。ふと見ると、至近距離に、ユースの顔がある。美しい蒼色の瞳と視線がぶつかって、カロンは思わずドキッとした。

 蒼色の瞳の奥には何か熱いものがゆらゆらと揺らめいていて、いつの間にかユースの片手がカロンの頬に添えられ、ユースはカロンの唇を見つめている。そして、だんだんとユースの顔が近づいて来るが、カロンはまるで金縛りにあったかのように動けなかった。


 唇が触れ合いそうになる一歩手前で、ハッとしてユースはカロンを抱きしめる。そのまま、何も言わず抱きしめられたままだが、ユースのたくましい腕と高鳴るお互いの心臓音にカロンは眩暈がしそうだ。ぎゅっと抱きしめる力が一瞬強まり、ユースは静かにカロンから体を離した。


「……すまない」

「あ、いえ……」


 ユースはカロンを気遣うようにしながらゆっくり立ち上がらせると、カロンから離れて下の階へ降りようとする。


「ユースさん?」

「少し、頭を冷やしてくる」


 そう言って、ユースは階段を降りていった。



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