ユースはカロンから離れて階段を降り、一階にある店内スペースに一人佇んでいた。店の中にはさまざまな種類の魔鉱石と鉱石花が並べられている。店内にはドアのすりガラスの窓から差し込む電灯と月の灯りが入り込んで、鉱石たちが光に照らされてキラキラと輝いていた。
(俺は、さっき何をしようとした?)
カロンの美しいエメラルドグリーンの瞳と視線がぶつかった時、なぜか自然とカロンの頬に触れ、そのまま吸い寄せられるように顔を近づけてしまいそうになった。
慌てたような仕草、ほんのりと赤く染まる頬、自分をじっと見つめる可憐な瞳。そのどれもがユースの心を捕らえて離そうとしない。ユースはシャツの胸元を苦しそうにぎゅっと握りしめる。
慌ててカロンを抱きしめてなんとか凌いだが、それでも抱きしめた時にカロンの艶やかなブラウンの髪からほのかに香る花のようないい香りに胸の高鳴りが止まらなかった。抱きしめた体は柔らかいのに細く、少しでも強く力を入れてしまえば簡単に折れてしまいそうだ。
内側から熱く激るものにユースは小さくため息をついた。騎士として窃盗犯を捕まえるためにいるのに、カロンに対して触れたい、キスしてしまいたいと思ってしまう自分が情けない。恋人になれて浮かれてしまっているのかもしれないと、ユースは目を瞑って眉を顰める。
(窃盗犯を捕まえるまでは、騎士として気をしっかり持たなければいけない)
すうっと大きく息を吸い込み、ふうーっと息を吐いてから、ユースは目を開いた。
*
ユースが下の階に行ってから、カロンはよろよろと歩いてダイニングテーブルの椅子にぽすんと座る。まだ、心臓がドキドキと大きく音を立てて鳴っていた。
(さっき、ユースさんに、キ、キスされそうになった!?)
綺麗な青色の瞳に射止められて、全く動けなかった。ユースの綺麗な顔が近づいてきて、キスされると思った時全く嫌な気持ちにならなかった。むしろ、キスされずに抱きしめられて、余計に混乱したのだ。
(もしかしたら、騎士としてここにいるのだからって自制したのかもしれない。真面目なユースさんだったらあり得るもの)
小さくため息をついてカロンはダイニングルームのドアを見つめる。ユースが戻ってくる様子はまだない。
(キスして欲しかっただなんて思っちゃダメだよね。ユースさんは窃盗犯を捕まえるためにここにいてくれるんだもん)
雑念を振り払うかのようにブンブンと首を大きく振って、カロンはふんす!と意気込んだ。
それからしばらくして、ユースが戻ってきた。
「あ、ユースさん、お風呂にお湯を溜めておいたので先に入ってください。ちょうど今お湯が溜まったところです」
「あ、ああ、それならカロンが先に……いや、わかった。先に入らせてもらう」
少し戸惑いがちにそう言うユースを、カロンは不思議そうな顔で見つめながら頷いた。
「カロン」
ユースが近づいて来て名前を呼ぶ。
「?」
「さっきはすまなかった。俺は君に、キスをしようと……」
「あ、いえ……」
ユースは口元に手を当てて口ごもる。そんなユースを見て、カロンも動揺して視線をあちこちに泳がせた。
「あの、気にしないでください!」
「だが……」
「ユースさんにされて嫌なことなんてありませんから、大丈夫です!それに、ユースさんはご自分で今はダメだって思いとどまってくれたんですよね?ユースさんは優しくて、真面目な人だってわかってますから」
カロンが笑顔でそういうと、ユースは目を大きく見開いて、顔を背ける。顔は見えないが、耳は赤く染まっている。
「そう、か。ありがとう。……風呂、借りるよ」
そう言って、足早にその場から去っていった。