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第36話 行かないで

 突然ユースの腕の中にすっぽりと覆われたカロンは驚くが、すぐに胸が熱くなっていく。目元にはじんわりと涙が浮かんでいた。


「怖かった、です」


 カロンが震える声でそう言うと、ユースはしっかりとカロンを抱きしめる。


「もう大丈夫だ」

「……はい」


 ユースの温もりが、カロンの体と心をじんわりとあたためていく。カロンと同じ湯上りの匂いだが、その中にほんのりとユース自身の香りが混ざっている。その香りに包まれて、カロンはほうっと小さく息を吐いた。カロンの瞳からは涙がこぼれているが、悲しいわけではなかった。


(あんなに怖かったのに、今はすごくホッとする)


 不安から解放されて安堵したからか、涙は止まらない。それでも、カロンはユースの腕の中で微笑んでいた。少し経ってから、ユースはカロンから体を離し、カロンの顔を覗き込む。カロンの両目からは涙がこぼれていたが、カロンの表情は柔らかい。


 ユースがそっとカロンの目じりを指で拭うと、カロンはユースの服に視線を落として、眉をさげてふわっと微笑んだ。


「ユースさんの服、涙で濡らしてしまいましたね。すみません」

「気にしなくていい。カロンの気が済むまで泣いていいんだ」


 ユースがそう言うと、カロンは小さく首を振ってまた微笑んだ。


「ユースさんのおかげで、もう大丈夫です。不思議ですね、ユースさんに抱きしめられたら、なんだかとってもホッとしました」

「……それならよかった」


 ユースも小さく微笑み、それからカロンの頬を優しく撫でた。


「もっと俺に甘えてくれていい。カロンは一人で我慢しすぎる。今まで一人でなんでも頑張って来たからなんだろうけど、これからはもっと甘えてくれ」


(ユースさんに甘える……甘えていい相手がいるって、なんだか不思議。だけど、嬉しいし心強いな)


「ありがとうございます、なんだかとても心強いです」


 ふわっとカロンが嬉しそうに微笑むと、ユースは目を大きく開いてから優しく微笑んだ。


「今日はもう遅い。そろそろ寝よう」

「そう、ですね」


(正直、寝れるかどうかわからないけど……)


 ユースに付き添われて自室に入ると、カロンはベッドに入る。窃盗犯は捕まったし、ユースもいてくれる。さっきの抱擁で心も落ち着いた。それでも、やっぱりカロンは部屋で一人で寝ることが心細かった。


「カロンが寝るまでここにいるから、安心していい」


 そう言って、ユースは部屋にある椅子をベッドのすぐそばまで持ってきて座り、カロンの手を優しく握る。


(私が寝ちゃったら、ユースさんはまた一階に戻っちゃうんだろうな)


 窃盗犯は捕まったし、逃走している仲間もここにはもう来ないだろう。それでも、真面目なユースのことだから、一階へ戻って寝袋で寝るつもりだろう。なんだか寂しくて、カロンはしゅんとする。そんなカロンを、ユースは不思議そうに見つめた。


「カロン?」

「……あの、ユースさんはやっぱり一階で寝るんですよね?」

「ああ」


(ユースさんにここにいてほしいけど、そんなこと言ったらユースさんのこと困らせちゃうよね。でも、ユースさんはさっきもっと甘えてくれていいって言ってた……)


「あの、ユースさん」

「?」

「行かないで、って言ったら、困りますか?」


 カロンの言葉に、ユースは目を大きく見開いた。




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