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第二章 パスティーチェの猫たち

一話 帰還と密談! 1

 マフィ領で数日の養生をしドゥルッチェ王都、新王都しんおうと中央駅セントラルステーションへと到着する頃には葡萄月8月へと変わっており、日光が燦々《さんさん》と眩しく降り注いでる。

「そんなに経っていないけれど、久しぶりの王都という気がするわ」

「私もそんな気がしますね、王都をこんなにも長期で離れたのは初めてでしたので」

「ぼ、僕は未だ王都にも慣れていないのでなんとも…」

「何れアゲセンベ家が我が家と思える日が来ると、私は嬉しいわ。仕えてくれている他の皆みたいにね」

「っはい」

 騎士に護られながら新王都中央駅を出てみれば、駅前にいた者たちがチマの姿を見つけてはざわめき、彼女へ向かって手を振り始めた。

 明確に自身へと向けられた笑顔と振られた手を疑問に思いながらも、「返しておくべきね」と笑顔を振りまき手を振り返せば、また一段と賑やかしくなっていく。元々市井を歩けば人の目を引く種族と容姿であるのだが、好意的な感情を向けられるのは初めてで戸惑いも交じる。

「何かしらね?」

「何でしょうね?」

 と一同が困惑しながらアゲセンベ家の者が迎えに来ている場所へと到着すると、第一騎士団の騎士が数名待機しておりチマの姿を見つけては跪く。

「第一騎士団まで、出迎えありがとう」

「「おかえりなさいませ」」

 迎えの従者と騎士が声を合わせ、蒸気自動車の扉を開けてくれたので、チマは大人しく座席に腰掛けて安全帯を締める。

「ところで、私に対して視線が集まっていたのだけど、何かあったのかしら?」

「その事はですね、チマ姫様が王太子殿下を身を挺してお護りしたことが、民間の報道社から報じられ市井に広がっていったのです」

「なるほど。ともなれば王城から人を派遣しないと角が立ってしまい、第一騎士団が出迎えに来てくれたと」

「王族の警護を務める我々としても、王太子殿下をお救いになったチマ姫様には頭が上がりませんから是非にと志願した次第ですよ。…珍しいことにジェローズ騎士まで名乗りを上げていたのだが…、何かありましたかね?」

「一緒に釣りをしたくらい?」

「そうですか、不思議なこともあるものです。それではアゲセンベ家のお屋敷まで我々も警護に加わるので」

「ありがとう。お仕事ご苦労さまです、第一騎士団の皆さん」

「「はっ!有難き御言葉!」」

(ふふっ、そういうことなら)

 窓を開けたチマは、周囲へ向けて満面の笑みを浮かべてから屋敷へ帰宅していく。公的な活動はなく、表に殆ど出てくることのない秘された姫は、「従兄の為に命を投げ出さん程の精神を持ちながら、親しみ易い方」なのだと市井の一部に広がりゲームとは別の方向で支持者を得ていく。


「ただいま戻りました、お父様お母様!」

「チマぁ、待っていたよ」

「無事に帰ってきてくれて本当に良かった」

 レィエとマイは帰宅したチマを抱きしめては頬に口付けをし、安堵の吐息を漏らしていく。

 今は落ち着いているこのレィエ。チマが襲撃されマフィ領の宿に臥せっていると聞いた時は、宰相や転生者という前提を忘れて王城を飛び出そうとしていた。そこを妻であるマイに制圧され、大人しく王城の執務室へ戻されてはロォワと王后、そしてマイから説教を受けていたのだとか。

 有り体に言えば親馬鹿だ。

 場所を居間に移動しては家族団欒かぞくだんらんの時を過ごしていれば、普段は走る姿を見ることなど殆ど無いマカロが大急ぎでチマの許へとやってきて、彼女の膝を占拠する。

「よしよし、マカロも寂しかったのかしら?」

「んに」

 小さな返事のような鳴き声と尻尾を一振り、何を考えているかは全くわからないが彼女なりにチマを心配していたのだろう。きっと。

「そうそう、お父様とお母様に報告がありまして」

「なんだい?」

「私の婚姻相手をシェオにしたいと思ったのですわ」

 パチリ、パチリ。目を瞬かせたレィエとマイ、そしてビャスやトゥモといったアゲセンベ家の従者たちは、一斉にシェオへと視線を向けて状況を探る。

 そうしている内にチマが斯々然々《かくかくしかじか》と状況を説明していけば、シェオへの視線は温度が下がっていく。

 てっきり彼の思いを伝えて、恋仲にでもなったかと思えば、「チマから丁度いい認定で婚姻相手に選ばれた」などとなんとも不甲斐ないものであったからだ。

 チマも乗り気でいることを見るに、「仕方なく」なんて感情は感じ取れないので、一同は一応のこと呑み込んでいく。

「シェオ的には問題ないのかい?」

「はい。元より私はお嬢様へ生涯を捧げる覚悟で職務に挑んでおりましたし、お嬢様を、おし…お支えしたく思っていましたので、お時間をいただき隣に立つだけの実力を培、います!」

 此処ぞで腰の退けてしまうのは奥手なシェオらしいのだが、チマを除く一同は残念そうな瞳を露わにした。

「ふふっ、生涯を捧げるなんて愛の告白よね」

 声色から色恋の“い”の字も感じ取れないチマは、シェオの忠誠心を誇らしく思い、胸を張っていた。

「…、となればシェオはアゲセンベ伯の夫と成るわけで、その地位に相応しいだけの立ち居振る舞いと教養を仕込んでいくことになる。大まかな部分はトゥモに任せるとして、教師を用意したほうがいいね」

「一つ、質問なのですが。アゲセンベ伯と仰りましたが、チマ様は公爵を継がれるのでは?」

「公爵は当代、今上王の兄弟に当たる人物にのみ与えられる爵位でね。私からチマに代替わりする際は、爵量採算しゃくりょうさいさんという制度が適応される。基本的には三代貴族家が継続される毎に、それまでの三代及び次代の当主に積み上げられた功績を一定の枠組みで採算し、認められれば同じ爵位を、認められなければ別の爵位が与えられることになっていてね。公爵は本人と次代のみを秤に掛けて爵位を与えられる」

「お父様はドゥルッチェ発展の礎といっても過言ではないから、領地を持たない貴族の中で最高位である伯爵位を私が継ぐことになるのよ」

「そうだね。でもチマは今回の、『デュロを護る為に身を挺し安全に撤退するだけの時間を稼いだ』という功績が積まれていることも忘れてはいけないよ」

「アレも含まれますのね」

「当然だよ」

(おかげでチマがデュロの婚約者に、なんて面倒なことをいい始める貴族も現れたけれど、此処ぞとばかりに的確な行動をしてくれた。…どうせなら思いを伝えてほしかったのだけど…、大目に見るとしよう)

「そうそう、今回の件でシェオとビャスにも功績が積まれたことになり、二人は爵士位を貰える手筈なのだけど。…先ずはシェオからとしよう、貴族の義務が発生する都合上、ビャスには温存ということでね」

「「…」」

 チマを起点に目眩しく動き始める状況に、従者二人は追いつけなくなっていく。

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