「…ラザーニャからマカローニさんの体調が優れないと聞かされていたのだけど、実際のところどうなの?」
「歳も歳、人は老いりゃ身体のいたるところが悪くなるってもんで、生先短い人生なのは確かだ。今日明日にどうこうってわけじゃないが」
「今お歳は八四ですよね?」
「ああ。随分と長生きしちまったよ」
(若しもラザーニャを引き取ることになっても、長期の休みであれば同行させて顔を出させることは出来るわよね)
「祖父母も老いには敵わないと仰有ってましたし、…きっとどうしようもないものなの、よね」
「どうしようもねえ、本当にな。いやなあ、そこにいるトネッテっていう息子がちぃと前に結婚して、今度子供が産まれるんだが、孫の晴れ姿も見れねえと思うと、心底寂しいものがあるのさ」
「…。」
「止めだ止め、こういう話は湿っぽくなっちまう!老人の話しでなくってチマさんの話しを聞かせてほしい、琥珀の至宝のチマさんがどんな風にドゥルッチェで暮らしていて、どういうものが好きなのか、なんでもいいから」
そういってマカローニは鉛筆と紙を手に取り、話しを聞きながらチマの素描を始めた。
「入るぞラザーニャ」
「トネッテ」
暫く空けていたラザーニャの部屋は、欠かさず手入れをされていたようで綺麗そのもの。大切な荷物を鞄に詰めながら、トネッテを部屋へ入れてラザーニャは椅子に腰を下ろす。
「親父の言った通り出ていく心算か?」
「まあね。直接言われた時は驚いたけど、半ら覚悟の内で帰ってきたからさ」
「はぁ…、ラザーニャは不器用すぎるんだよ。親父が金に困っている時。どこかの貴族家なりに忍び込んで取っ捕まりパンパンに顔を腫らして帰ってきただろ?あの後、一ヶ月も庭で野宿してたよな、ははは」
「…。」
「二度と泥棒稼業と他人様への迷惑事に手を染めないと誓えば、親父も許してくれるはずだから落ち着いたら一緒に話そう」
「あー…、まあ私も親離れの時期ってことで出てくよ。親不孝なことには変わりないけど、拾ってもらった恩は返せたと思いたいから」
「強情な、…誰に似たんだろうなぁ」
「親父でしょ。……それにさ、私の絵を認めてくれる人が、いるんだ。生まれて学ばされた事じゃなくて、自分で学んで親父に教えてもらったことを役立てたいんだよね。…マカローニの娘ラザーニャとしていられるし、
「不器用だよ、馬鹿者。はぁぁあ、親父は見境なく人と猫を拾ってくるし、どこぞのこそ泥は好き勝手動くし、全く大変すぎる…」
「大変序で悪いと思うけど、皆のことよろしく」
「はいはい。もう好きにしな」
「結構な蒐集家っぷり…いや、もっと驚くのは結構量、儂の絵が外つ国へと流れていたことだや」
「実際に蒐集物を見たわけではないけれど、同好の士がドゥルッチェにいるし、東大陸南方とかにも流れていると思うわ。画家として名が売れる前の『
「『階の三毛』……?……、階段で三毛猫が座っている絵か?」
「そ」
「どこにもねえと思ったら、ドゥルッチェにまで…。そりゃ見つからねえわけだ」
「探していたの?」
「まあな、大昔に描いた未熟も未熟の作品だ、回収して物置に隠しちまいたかったんだ。……チマさんが保有しているしてくれてるならいいや」
「返してもいいけれど」
「いいよいいよ、熱心な蒐集家が持っててくれるなら。だがあんまり
呑気に会話をしながら、チマは足元をうろちょろしていた幼さの残る若猫を抱えあげ、膝上に乗せてはこちょこちょと指で撫で回し、一旦手を離して両手を開けば驚いた顔で四肢を広げる子猫。何度も繰り返して構ってあげれば疲れてしまったのか、丸くなって寝息を立ててしまう。まだまだ子猫なのかもしれない。
「
「
「言われてみればそうか。……よし、簡単な下書きが出来た」
「え!見ても?」
「ほら」
差し出された素描に目を向けたチマは顎に手を当てて、コテンと首を倒す。
「少し可愛い寄り過ぎない?もうちょっとシュッとしているとおもうのだけど…」
「「「え?」」」
部屋に残っていた面々はチマの言葉に驚きの声を露わにした。素描されたそれは、ぽにゃんとしたチマを非常に精巧な形で描かれていて、まるで鏡を見ているかのよう。シェオやリンは素描でいいから同じものを欲しいと思い、レィエであればこの段階でも金子を積むであろう。
「ま、まあ。今日はここまでとしよう。儂も興奮して疲れてしまったから、少し休みたい」
「今日に押しかけてしまったからね、ごめんなさい」
「いいさ。琥珀の至宝をこの目に焼きつけられたんだ」
「どうもありがと。これからパスティーチェ滞在中はちょこちょこと足を運びたいのだけどいいかしら?」
「毎日でも来てくれて構わない、頻繁に顔を出してくれ」
「学校の合間に来るとするわ。次は…画廊が開いている日に」
「事前に連絡さえくれればチマさんの貸し切りで空けといてやる…そっちの方が楽だろう。貴族と政治家、文屋なんかで画廊がやかましくなりそうだし」
「助かるわ、ありがとうマカローニさん」
「良いってことよ」
眠っている子猫を起こさないよう、最低限の身体の動きで握手をし二人は歓談を再開する。