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六話 学園と学友と! ③

 パスティーチェ、NCUに於いて貴族の権威というのは然程強くない。

 国の中枢を担う政府高官や議会員にも、由緒正しい血筋ではない市井出身者も見られる。これは難関たる国家試験の突破と素性調査によって、公職に就ける制度の制定が切っ掛けで、地位に胡座をかいていた特権階級凋落し排出された結果なのだという。

 然し名門たる貴族家は脈々と中枢に名を残しており、元首を務めるのはそういった者たちなので、完全に、全ての権威が失われたわけではないのだとか。

 そんなこんなで、ジェノベーゼン学園にも市井出身者や没落した元貴族家、政府高官の子、名門貴族家が乱雑に入り乱れている状態であり、彼ら彼女らは日々切磋琢磨している。

 こういった環境へ自ら進んで入ってきた才女チマ、彼女の存在はいい刺激となっていた。

 入学初日で分かりやすく学業優秀な様を見せつけては、ドゥルッチェ王国の勉強は非常に進んでおり、歴史に倣うと「自分たちは国威に胡座をかいている膿」なのだと危機感を抱かせ、尻に火を付けたのだ。

 ドゥルッチェ王国へのNCUからの印象はといえば、「歴史はあるけど落ち目な国」「地味のドゥルッチェ」「最近急成長を見せているが、まだNCUには及ばない」というものが主。

 だがしかし、彼ら彼女らの目の前に現れた夜眼族との混血の、宰相の娘はどうか。就学過程を終えているかのような学力に、気品のある立ち回り、そして可愛い。…そうジェノベーゼン学園の生徒たちは学年問わず燃え上がった。

 対抗意識は燃やすものの、それは勉学の最中。授業が終われば近づきすぎない程度に取り囲まれ、一緒に学食へ行こうと声をかけられる。

「チーマーちゃん!今日は特別混みそうだし、急いで学食行こうよ」

 先ず声をかけたのはペリーニェ・ペリ・レイセ。かなりの猫好きでチマと同じくマカローニの絵画を愛する大熱狂者ファンとのことで、仲良くなった同性の一人だ。

 初日ということもあって彼是一年生からの質問を答えながら、ぞろぞろと学食へ向かえばお洒落な喫茶店のような雰囲気の区画がいくつも並んでいる。

 食事を注文、受け取る場所は一箇所なのだが、ある程度の集団が団子になって一区画を占有する形式は、だだっ広い空間に椅子と机が並んでいるだけのドゥルッチェとは大違い。

(地味のドゥルッチェ…)

 貴族家の屋敷などであれば、綺羅びやかな装飾品調度品で飾ったりもするのだが、教育機関たる学校などは機能美を優先してしまった結果だろうか。

(…、見栄えなんてどうでもいい、なんて思っちゃうのは私がドゥルッチェ国民たる証左よねぇ)

 なんて考えながらスパゲッテとペリーニェの案内で学食の区画へと足を運んでいる最中に、可愛らしい猫の絵画を見つけて興味を示す。

「あの絵画って何処の誰の作品なの?」

「あー、あの絵画はジェノベーゼン学園七不思議『無題、描き人知らず』だ」

「作者は不明、何故学園に有ったのかも不明、そして何時から飾られているかも記録にない。大昔から飾られてて、学食の改修の度にまた飾られるんだよ」

「外したままにすると不幸が訪れるとかでな」

「あんなに可愛いのに」

「ねー」

「なんだっけ、あの絵画だけでもいくつか七不思議あるよな」

「夜になると絵画の猫が出歩いている」「偶に目が合う」「猫用のおやつを持って前を通ると紛失する」「偶に鳴く」「ふとした拍子に構図が変わる」

「…。『作者不明』と『何時から学園にあるか不明』を合わせたら、絵画だけで七不思議を揃えられるわね」

「七不思議が七つだけの事ってなくない?」

「そうものなのかしらね」

 一同は上級生の視線を浴びながら、席へと着いていく。


 チマが席に着きシェオに食事を取りに行かせている間、どこからともなく猫が一匹学食へ入ってくるのだが、生徒たちは気にした風もなく通り過ぎ様にちょっとだけ撫でたりする。

 パスティーチェはマカローニの画廊だけでなく、そこらかしこに猫が住み着いているので日常の一片なのだろう。

 そして猫は生徒用の食事には一切手を付けることがなく、逆も然り。猫好きが多いのだなぁ、とのんびりと眺めている。

 すると優雅に歩いていた猫はチマの姿を見てを目を丸くし、一度飛び跳ねては背中を山のように持ち上げ、尻尾をピンと張って警戒を露わにした。

 見慣れない、大型の猫種とでも思っているのだろう。体勢を維持したまま足早にチマの視界から離れていっては、物陰から様子を窺っていく。

「怖がられちゃったわね」

「ああいうのよくあるの?」

「そもそも猫と接するのって屋敷で飼ってる子と、マカローニさんの画廊で会った時くらいだから、経験が少ないのよね。まあ大きな猫に見えてしまうのは仕方ないから、そっとしておきましょ」

 変に構って更に怖がらせるのはチマとしても楽しいものではない。極力視線を向けずに、敵対心が無いと態度で示した。

 その後、優雅に綺麗な所作で食事を終えたチマは、成る可く猫を刺激しないように学食を後にするのであった。


 チマは物足りない感覚に支配されていた。理由は単純明快、NCUとパスティーチェの歴史授業にて内容が結構さっぱりとしていたからだ。

 有史以来、ドゥルッチェ王国という名で約二五〇〇年もの積み重ねを持つ国で生まれ育ち、自国の歴史に大きな誇りを持っているチマは、他国では自国の歴史をどういう風に教えて、どう学んでいるのかを切に知りたがっていた。

 結果は要所要所と簡単に教える程度で、詳しく知りたいのであれば独自に学ぶが、進学し専門の学部を取るのだという。

「歴史、好きなんだ…」

「俺はあんまりだなぁ」

「スパゲッテは実技と体育以外好きじゃないでしょ」

「音楽も好きだ!」

「そういえばそうだったね」

「ドゥルッチェ国民として国の歴史を学ぶのは楽しかったから、パスティーチェでもそういう感じだと思っていたから、少しだけ残念ってだけ。…というか歴史の授業数が少ないから蒸機学なんかも入れられるって考えたら、パスティーチェの学校は学の実用性重視って感じなのね」

「逆にドゥルッチェ王国は伝統重視って感じか」

「伝統かぁ、ドゥルッチェ王国ってしっかりとした貴族社会なんでしょ?チマちゃん的には庶民な私達とつるむのって嫌じゃないの?」

「私は気にしたことはないから、これからも気軽に接してくれて構わないわ。結構新鮮な感覚だし」

「ということは他の人達は結構庶民には厳しい感じ?」

「人によるけど、市井出身ってだけで軽んじられることはあるわ、残念なことだけどね。今の国政で貴族じゃない方も取り入れていこうって動きはあるんだけど、反発を生んでいるのも確かね」

 お国の情勢だが、これくらいなら誰でも手に入れられる情報だと判断し流していく。

「大変そうだね」

「みたい。伯父さ…陛下とお父様はいつも頭を抱えているわ」

「チマさんの護衛殿は貴族なのか?」

 スパゲッテは興味があるようで、ゼラとシェオへ一瞥してチマへ視線を戻す。

「ゼラは伯爵位でジェローズ家の当主」

 視線を浴びれば、いやいやぁーと手を振り顔を背けるが、一応ジェローズ家の当主でもある。…家のことは他の家族に全部任せているらしいが。

「シェオは市井出身だけど、直きに爵士位を叙勲されるわ。少し前に功績をあげてね、今後動きやすくするためにも貴族になることにしたのよ」

「ということは庶民なんですね」

「その、孤児貧民の出です。レィエ宰相、お嬢様のお父様に見出され拾われたことで栄誉ある地位に就くことができました。昇身した母も喜んでいると思いたいですね」

「大喜びよ、絶対にね」

 我が事のように誇らし気なチマに、忠誠心の高そうで且つ溢れん感情が見て取れるシェオに、ペリーニェはむふっと笑みを露わにした。

(これってそういうこと~?身分違いのって。…最近の流行りではないけど良い題材になるかも。王族の姫殿下…殿下はいらないんだっけ、まあなんにせよ高貴な生まれのお姫様と実力を見出されて仕える従者、いや騎士ナイト様の恋愛模様!面白くなりそう!)

 ペリーニェは手帳も見ずに手を動かしては、二人の情報を簡単に収集していった。

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