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六話 学園と学友と! ⑤

「ふはー、疲れたわ…」

 宿へ帰ってきたチマは共用の部屋に戻ってくるなり、制服で長椅子に横たわり大欠伸と伸びを行う。

「チマ様!制服が皺になってしまいますよ!」

「お嬢様!先ずはお着替えを!」

 ぐでぇーと力なく液体のように脱力したチマを着替えさせるべくシェオとリンは賑やかにし、バラを呼んできては女性二人で着替えを行った。

「そのぉ〜、学校いや学園で嫌なことでも?」

「嫌なことはなかったわ。ただ、」

「ただ…?」

「デュロにもっと優しくなれそうな気がするわ。向こうとこっちじゃ対応が違いすぎて怖くなっちゃうくらい」

 斯々然々。ゼラとシェオを交えて話しをすれば、リンは納得しバラとビャスは驚きを露わにする。

「あぁ〜…」

(でもゲームのチマってかなりの求心力あったし、あたし的には本来のって感じがするなぁ)

「こちらに移住したいと思ったりは?」

「愚問ねバラ、貴女は私のことをよく知っているでしょ?」

「申し訳ございません」

「謝る必要はないわ、私のことを思ってのことでしょ。そう、信じているわ」

 レィエ、ロォワ、デュロの役に立つため、そして王族として国民を庇護するための意思が強固になっているチマを目に、バラは誇らしげ気な表情で居住まいを正した。

 不登校を決め込んでいた頃とは雲壌月鼈だ。

「…はふっ。…とりあえず、今日は夕食までゆっくりしたいわね。リンたちは街へ出てどうだったの?」

「買い物の類いは恙無く終わりました。服飾店にチマ様の衣服が欲しいと伝えたら大賑わいで、代行を出して正解ですよ」

「そんなに。異国だし街中を歩いてみたいと思っていたのだけど、…厳しそうね」

「出るのでしたら、護衛全員は必須となりますね〜」

「一回くらいは見て回りたいし、周囲で良さそうな場所を探してくれるとうれしいわ」

「お任せください」

「可愛い猫ちゃんもいっぱいいることだしっ」

「…あー、申し上げ難いのですが、お嬢様」

「………」

「街猫はノミやダニに、一応パスティーチェでは根絶されていますが恐水病の危険も有りますので、お触りは飼われている猫に限って頂けると助かります」

「やっぱり、そういうことね。予防接種はしたはずだけど」

「防疫は必須ですので」

「…、バラがそこまでいうのなら我慢するわ」

「有難う御座います」

「マカローニさんのところで我慢しましょ。学校に姿を見せている子は大丈夫かしら」

「チマ様もしかして、懐郷病ならぬ懐猫病ですか?」

「多分だけど懐郷病よ、まだ皆がいてくれてるから大丈夫なだけでね。マカロと一緒にお昼寝がしたいわ」

 手頃なクッションを抱き抱えたチマは欠伸をして、長椅子にのんびりと横たわる。


 前菜のマリネをゆっくりと食べ終えたチマの前には、綺麗に盛り付けられたアラビアータが並べられ、筒状のパスタに真っ赤な彩りのそれを目にして不思議そうに眺める。

「これもパスタなの?不思議な形ね」

「こちらのアラビアータに用いられているパスタは、ペンネという種類でペン先に似ていることからペンネと呼ばれています」

「へぇ、紐状の麺をパスタとものとばかり思っていたから驚きね。…鷹の爪の香りがするけれど、辛いのかしら?」

「ピリッとした刺激が大変好まれている、定番パスタに御座います。当食堂では辛味の度合いを選べるようになっておりますので、次回以降でもっと刺激的なアラビアータを楽しみたい、との要望をいただければ辛味を増して提供できます」

「そう、それは楽しみね」

「冷めてしまう前にどうぞ」

 食堂の給仕は慇懃な礼をしてチマたちの前から下がっていく。

 突き匙でペンネと赤茄子とまとを掬い上げ、落とすことのない綺麗な所作で口に運ぶ。口内に広がるのは濃厚な赤茄子の甘味と舌を突き刺す鷹の爪の辛味の調和、そしてそれらを持ち上げる縁の下の力持ちたるコンソメの旨味、ゼラとリンは絶品とも言える味わいに舌鼓を打ちご満悦な表情。なのだが、同じ卓を共にしているチマは。

「―――ッ!」

 辛味を得意としていなかった為、尻尾を立て膨らませていた。基本的な、一番控えめな辛さでもそれなりの刺激だったようだ。

 表情はしっかりと取り繕っているのだが、尻尾はものの見事に驚きを露わにしており、隠せていると思っているチマ本人以外は心を冷やしていく。給仕や料理人は顔を青くしながら彼女の食事を見守り、軽く手を挙げられた瞬間、一早く駆けつける。

「飲み物のおかわりをお願い。…それと、食後には甘味がほしいわ、ひんやりとした氷菓があれば嬉しいのだけど」

「畏まりました」

(食べられないものの一覧は宿の初日に聞かれたけど、辛いものが得意じゃないと伝えておくべきだったわね。美味しかったけど、ちょっと刺激が強いわ…)

 普段より時間を掛けてアラビアータ食べ終わったチマは、差し出された氷菓を満面の笑みで平らげ、どの料理も美味しかったと告げて食堂を後にした。

「そうだ。次アラビアータを出す時には、少しばかり刺激が少ない方が嬉しいわ」

 給仕と料理人は冷々しながらチマを見送り、次に出す際の辛さを相談していく。


「チマ様、アラビアータ大丈夫でした?」

「ちょっと、…辛かったわね。まあでもそういう料理なんでしょ?もうちょっと優しければ、私は最大限楽しめるはず」

「得意不得意はありますから」

「リンは全然平気みたいだったけど、辛いのは得意なの?」

「そうですねぇ、もうちょっと辛くてもいいかなって。私、自然回復のスキルあるんで辛いの大丈夫なんですよ」

「え。自然回復ってそういう効果もあるの…?」

「多分、ですけどねっ!」

 思い込みか本当に効果があるのか、はたまた辛味が好きなだけか、それは本人にもわからない。

「因みになんですけど、チマ様はここ数日で食べたパスタの中で、どれが一番好きでした?」

「鮭と菠薐草のクリームパスタね、帰るまでに何度か食べたいし、帰っても食べたいわ」

「いいですねっ!」

 食事を楽しみ、部屋へ戻ろうとする一行だが、リンがシェオの隣へ寄って声を潜める。

(シェオさん、チマ様の制服姿、どうですか?)

(大変可愛らしく思います)

(それを伝えては?)

(機会がなく未だ…)

(しっかりしないと!婚約者の立場に甘んじているシェオさんなんてなんの面白味もありませんよ!)

(は、はい!)

 発破を掛けられたシェオは大急ぎでチマの隣まで歩いていき、ドゥルッチェでは見られない制服という可愛らしい衣装に身を包んだ婚約者へ目を向け、深呼吸をする。

「どうしたのシェオ?」

「えっと。その、制服姿のお嬢様が可愛いなっと、思いまして…。お伝えしなければ忠義に反すると!」

(シェオさん…普段は言葉を出せずにいるのに、こういうときには余計な言葉を…)

「ふふっ、“婚約者”としてお眼鏡に叶ったみたい良かったわ」

「っ」

「違ったの?」

「違わ、ないです。大変素敵で、女神と見間違うほど、です」

 顔を真赤にして言葉を吐き出したシェオを肘で小突き、チマは嬉しそうな笑顔を露わにして尻尾を揺らす。

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