「いやねぇ、元首なんて任されちゃっている身ですが、アタシャそんな大きな器ではなくてね、定期的に怠けているんですよ。そんな中、悩み多き青年、それもドゥルッチェ系の方を見かけて野次馬心が擽られたと言いますか」
「…それで大丈夫なんですか?パスティーチェって」
「お飾りなもんで。意外とどうにでもなるもんなんです。部下がなにかやらかした場合、責任を追うのはアタシなんですがね」
「いや…尚更しっかりしてくださいよ…。あー、あと悩みに関しては今日なんとかしようと思っていたので問題ありません」
断りを入れるとピッツォーリはつまらなそうに口を尖らせ、膝に跳び乗ってきた猫を撫でていた。
「詮索ってわけじゃない、いや詮索になっちゃいますかね。キャラメさんのお仕えする主、アゲセンベの姫君のことを簡単に伺いたいのですが」
「…。」
「好きな食べ物とか苦手な食べ物って教えていただけませんか?」
「え。」
「いやほら、社交の場でお出しする料理に不都合があったら困ります。…身近な人から事前に伺えるのならそれに越したことは、ありません。はあ……、部下が失敗して責任を取るのはいいのですがね、自分の失態で今の席を降りるのはやっぱり嫌なんです。今後の議員生命に疵が付いてしまうので」
(特徴のない顔、ぼんやりとした表情。それでいて瞳からは力を感じる相手。…こそ泥の情報は役に立ちませんね。ただまあ、少し前に辛い料理に苦戦していましたし)
「アラビアータとかいう辛い料理はあまり得意ではない傾向があります、とだけ」
「教えてくれるとは、これ意外な」
「食事は楽しんでいただきたいもので」
「そうですか。……良き者を従えている、良き主なのでしょうね、アゲセンベの姫君は」
「当然です。」
食い気味な即答にピッツォーリは苦笑いを浮かべる。
「話題は変わりますが、なんで猫に触らなかったのですか?」
「病気や害虫がお嬢様に伝染っては困りますので」
「なるほどね。一応パスティーチェは殆どの野良猫にも病気や害虫対策の予防接種を行っているのですがね」
「防疫は大事なので」
「そりゃそっか。入国するときの身体検査や健康診断は嫌がっていませんでしたか?」
「…事前通告がありましたから、問題なかったかと」
(船酔いでそれどころではなかった、とはいえませんね)
「いやぁ、楽しいおしゃべりの時間を過ごさせていただきましたが、お迎えが来てしまいました」
ピッツォーリ向けた視線の先には、公園に似合わない男性が一人。
「あーはい、怠けてないでお仕事をしてください」
「そうしますよ。ではね、…あーそうだ、一応のことを伝えておきますが、現在パスティーチェにお越しになられているドゥルッチェの重要人物は、アゲセンベの姫君だけではありません」
「というと?」
「貴方ですよ、キャラメ・シェオさん。…何故か、ということは限られた者しか知りえませんし、公式から発表がない限り
「なんのことやら」
「他八つの国はどうだか知りませんが、アタシたちパスティーチェはアゲセンベの姫君の動向は常に探っていたんですよ。機会があれば縁を結びたいと、ね。その気がお有りならアタクシ共はキャラメさんへの協力を惜しみませんので、お気軽にお声掛けください」
(肝が冷えましたが。…話してみてピッツォーリ元首の行動というよりは、パスティーチェ自体の動きのようにも感じられました。お嬢様への報告、簡潔にまとめての報告が必要になりますね)
軽食を口に放り込み、居住まいを正したシェオは先の会話内で必要だと思う情報を浚い出す。
(こちらのし足並みに合わせて、会話をしてくれた、のでしょう。なんともまあお節介、…ですが私の経験として役に立ちます。今後、アゲセンベ家の、お嬢様の夫して生きてゆくのであればアゲセンベ家とその周辺以外でも人脈は必要となります。選択肢の一つとして、パスティーチェを候補に入れましょうか)
椅子から立ち上がったシェオは、彼なりに情報を集めるため街へ駆り出す。
―――
「よーしビャス、遠慮なく挑んでこい!俺は『槍聖』まで持ってるイケてる男だ、でっけえ胸を貸してやるぜ!」
「は、はい、お願いします」
自信満々に胸を張り木槍を携えたスパゲッテへ向かい合うのは、木剣を構えたビャス。
どういう状況かといえば、朝方にビャスが『勇者』を有していると知ったスパゲッテが、お互いの実力を知りたい。『勇者』持ちと手合わせしてみたいと熱烈に願ったからである。
主たるチマはあまり乗り気ではなかったのだが、ビャス本人が刃を交えたいと発言し、木剣木槍を用いることを前提に許可を出した。
ちなみにお互いのレベル、スキル構成等は非公開とする約束を結んだ。
「どうも。…どういう状況ですか?」
迎えに来たシェオは、駐車場にチマたちが来ないことを不思議に思って教員を訪ね、面白いことを始めたと聞いて足を運んだのである。
斯々然々。状況を説明すると、呆れた表情を見せた。
「いい経験いい刺激なるといいわね。顔馴染みの第六とか、アゲセンベ家の面々と違って、全く知らない相手だし」
「かなり強いようであれば私も戦ってみたいです!」
「リンも?」
「はい。だって神聖スキル持ち自体も多くなく、トゥルト・ナツ様はお相手してくれませんから」
「でしょうねぇ。…いい人を紹介してあげるけど」
(ラチェ騎士…)
「格に違いがあり過ぎますので、暫くは遠慮しておきます…」
「そう?丁寧に色々と教えてくれる、刀の先生なんだけども」
椅子に腰を下ろすとビャスが踏み込む。