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七話 お喋りと告白と! ④

 帰宅後、部屋着に着替えたチマは自室で長椅子に腰を下ろし、シェオが対面に座すように瞳で促す。

「話しがあるって言ってたけど?」

「はい。…実はパスティーチェ遊学が決まる以前から、お嬢様へお話ししたいことがありまして」

「そんなに前から?随分と溜め込んだ話題ね…、よっぽど話し難い内容という推測ができるけど、お父様には?」

「既に話しております」

 ゆったりと構えていたチマだったが、姿勢を正してシェオへ真剣な眼差しを向けた。

「……私の出生に関する件なのです」

「出生?お母様はキャラメ・メル、お父様は誰か判明していない、というのが私の知る限りなのだけど」

「父が、判明しました。向こうから接触があり」

(深刻そうな表情を見るに、あまり好ましくない相手ということね。お父様に話しを通しているのなら、不都合に対処してくれると思うけど)

「続けて」

「…父はバァニー・キィス、旦那様と対立状態の政務官でした」

「接触が有った、というのはシェオが爵士しゃくし叙爵じょしゃくされるという話しを聞きつけた、というところかしらね」

「多分。」

「聞かなくても表情で分かるけど一応聞いとくわ、…肉親、親族の許へと行きたい?」

「いえ、そういう感情は全く。むしろ、お嬢様との婚約が発表された後に、私の出生を公にし妨害なりを挟んでくるのではないかと懸念しております。……それとお嬢様がどう思うかを」

「私が?…あぁ、それでさっきの弱音が」

「はい」

「私はシェオの父親が誰であろうと気になんてしないし、お父様傘下の貴族から白い目で見られようと婚約の話しを覆す心算なんて微塵もないわ。貴方に愛情を注ぎ、貴方を育て、貴方を大切にしてくれたのはキャラメ・メル、私のお義母様になられる方、それが私にとってのシェオの親なの。直接お会いしてシェオの昔話を聞いたり、これからのお話しをできないのは残念ではあるけど…。…で、どうするの?貴族の顔色を窺い、怖気づいて尻尾を丸め、私の前から逃げてしまう?」

「それは絶対にありません!」

「ならこの話しは解決ね!何かあったらお父様や伯父様がなんとかしてくれるわ。…あぁ、そうだ。シェオの出生なんて気にならない醜聞でも作っちゃう?」

「醜聞、ですか?」

 妖艶に微笑んだチマは、部屋着のボタンを一つだけ外して。

「アゲセンベ・チマっていう真っ更な画布に、キャラメ・シェオの証を描くの。一生消えないね。一枚の絵になったら、大騒ぎよ」

「お嬢様!」

「なに?」

「そういうことは、結婚後に行うものです。男は、狼なのですから、無闇矢鱈むやみやたらに誘惑しないでください…」

 顔を真っ赤にしたシェオは俯き、目を伏せてチマを叱った。

「よかった、怒ってくれて。押し倒されたらどうしようかと思っていたのよ」

「っ」

「ありがとう、シェオ。ふぅ…」

 ボタンを留め直したチマは、少し恥ずかしそうに手で顔を扇ぎ息を吐き出した。


「それで話しは終わり?」

「いえ、実は重要なお話しがもう一つありまして」

 チマは体勢を崩してゆったりとシェオの言葉を待つ。

「昼間、公園で時間を潰していたのですが、偶然か狙ってかは知りませんがピッツォーリ元首が接触をしてきました」

「パスティーチェの国家元首ピッツォーリでいいのよね?」

「はい。会話後に市井でピッツォーリの顔貌を確認できるものを探した結果、本人で間違いないかと思われます」

「狙っての接触から褒めるべき腕前だけど、シェオから見てどっちだった?」

「…、偶然寄りですかね。ただ、ぼんやりした山羊のように見せかけて、その内には狡猾な狐が潜んでいそうな方でしたから、測りかねる部分はあります」

「なるほどね。どんな内容を話したの?」

「基本は当たり障りない話しなのですが、お嬢様のお食事に関して、好き不好きを訪ねられたり、私に対して協力的な立ち位置を取ると」

「シェオに?婚約話しは遅かれ早かれ伝わると思ってたけど、随分と耳が良い」

「そういう意味、…なのでしょうか?」

「私やゼラ、何れ側近になりえるリンならば不思議ではないのだけど、一従者に協力的な姿勢を示すのは可怪しいわ。…情報は掴んでいるのね」

 明後日の方を見つめ考え込んで、尻尾を揺らしているチマ。

「少し先にある晩餐会、付き添いをゼラからシェオに変えるわ」

「公表する、ということでしょうか?」

「公表はしないわ。ただ付添人を異性であり、家族でないシェオにするだけよ。問われても首は縦に振らず、横にも振らない。相手が考察するだけの余地を与えて足並みを崩しちゃいましょ」

「承知しました。旦那様へ連絡は入れますか?」

「お願い、簡単な文章でいいわよ」

「となると。ふふっ、シェオの衣装を用意しないといけないわ。公爵家の娘、その付添人が使用人衣ってわけにもいかないものね」

「なるほど。では、バラと同行し衣装を購入して参ります」

「明日にでも行ってらっしゃいな」

「畏まりました」

 一度何かを考えるように明後日を向いたチマは、シェオへ視線を戻してジッと瞳を見つめる。

「シェオとなら、どんな道でも進める、そう思わせてよね」

 席を立ったシェオは、チマ対して誓跪した。


 会話が一区切りして、お茶を飲みながら一息つくと、扉を叩く音が部屋に響き。

「誰かしら?」

「ゼラです。帰還いたしましたので、本日の釣果ちょうかをお見せしようと参りました」

「饒舌なところを鑑みると中々の釣果みたいね、入っていいわよ」

 部屋に足を踏み入れたのは満足そうな笑顔のゼラ、普段は表情の変化がなく言葉数の極めて少ないことを考えると、答えは自ずと見えてくる。

「朝早くから船に乗せてもらった甲斐がありました。見て下さい、カトラスフィッシュですよ」

 保冷魔法道具に収まっているのは1メートルほどのタチウオ(カトラスフィッシュ)が三匹。チマは目を丸くして驚き、様々な角度から眺める。

「長細いお魚ねっ。これは美味しいの?」

「船主に聞きましたが、塩焼きや天ぷらが絶品のようです。白身魚とは思えない濃厚な味は絶対に食べたほうが良いと仰っていました。既に食堂には話しを通してありますので、今晩のお食事として提供していただけるようです」

「それは楽しみね。後で釣りの体験談も聞かせて頂戴ね」

「お任せ下さい」

 慇懃な礼をしたゼラは、魔法道具の蓋を閉じ足早に部屋から撤退していった。

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