「ねえねえチマちゃん、明日明後日お休みじゃん?どっちかでさ〜、遊びに行かない?」
授業の休み時間、チマに声を掛けてくるのは友人となったペリーニェで、その言葉を聞いたスパゲッテたちも賛同する。
「いいね、遊びに行こう!」
「明日は予定があるから、明後日でどうかしら?」
「りょーかーい!」
「護衛も同行するけど、それは大丈夫?」
「全然問題ないよ、キャラメさんとジェローズさん?」
「遊びに行くのなら、リンとビャスも入れたいから、こっちからはシェオ、リン、ビャスの三人で。ゼラ、急にで悪いけど明後日は自由にしていいわよ」
本日の護衛であるゼラはコクリと頷く。
「そういえば明日に用事があるって言ってたけど、チマちゃんもしかしてデートとか?」
「明日はマカローニの画廊へ足を運んで絵画鑑賞とマカローニとおしゃべり、その後は食事会の招待状を貰ったから足を運ぶのよ。デートといえばデートね、色んな人と」
「お食事会?どんな人と?」
「パスティーチェの議会員とかが中心の高官たちよ。遊学って体だから公務もしないとね」
同い年と思えない予定を聞いて、異国の王族とは如何に大変なのかを理解した同級生たちである。
「ところで遊びに行くってどういう所へ行くの?大人数でいくのなら…歌劇鑑賞とか?」
「いや、俺たちが遊びに行くなら当然ボウリングよ!」
「ぼうりんぐ、あぁ
「動きやすい衣装くらいだ」
「承知したわ」
ご機嫌そうなチマを見て、ペリーニェは胸を撫でおろす。
(歌劇鑑賞とか言われたから、庶民な遊びなんて駄目かと思ったわぁ〜…。よく考えなくても、学校に護衛が同伴する超お嬢様だもんね、というか遊びに誘っちゃって良かったのかな?)
ほんのり退屈さを孕んだ表情から一転し、明後日の予定を楽しみにするチマを見れば、やはり親しみやすい夜眼族の女の子である。
「ここ数日、キャラメさんが見えないけど、何かあったの?」
「ちょっとばかし勉強をしてもらってるの。パスティーチェで動きやすいように、パスティーチェのことをね。礼儀作法とか」
「従者って立場も大変なんだなぁ…。というか…マカローニさんの画廊に行くの!?」
「ええ。前に行ったときはゴタゴタしちゃってね。明日は正式に画廊へお邪魔するのよ」
「私も行こうかな~。お小遣いも余裕あるし」
「なら待ち合わせていきましょ。時間と場所はどうする?」
ペリーニェはチマの好意に甘え、画廊の絵画鑑賞へ同行することになる。
昼食を摂りに食堂へと向かうと、入り口付近で見慣れない生徒が立っており、チマを見るなり一礼をして歩み寄ってくる。
「お初にお目にかかります、麗しの姫君。私は学園の生徒会長職を務める、テリーナ家嫡男のピッケーリ・ピツォ・テリーナと申します」
「初めまして、ピッケーリ様。ご存知のようですが自己紹介をば」
どうぞ、と合図を受けてから、慇懃に礼を返し口を開く。
「私はアゲセンベ公爵が娘で、ドゥルッチェ王族が一人アゲセンベ・チマに御座います。先日に私の従者がお世話になったピッツォーリ元首の、テリーナ家のご嫡男にお会いできるとは光栄の至り。ふふっ、てっきり明日に顔合わせをするものとばかり思っていましたので、少しばかり驚きました」
(サボり魔の父がアゲセンベ家の従者に接触を?…少しの間はアゲセンベの姫に気苦労を負わせぬため、接触を遅らせるようにと指示をだしていたのが父なのに、はてさて)
表情を一切変えずにチマから差し出された杖を受け取ったピッケーリだが、返事を怠るわけにもいかないので。
「父がアゲセンベの従者殿にお会いしていたとは驚きました。…、そちらの方で?」
「いえ、本日は席を外していましてね。明日、付き添いとして同伴するので是非、お会い下さいませ。何れ必要な縁とも成り得ます故」
(前日、というのは遅すぎるけれど、付添の提案の可能性は捨てきれないし、餌は撒いておきたいからちょうどいいわ)
(先手を打たれましたね。…然し、ジェローズ伯が付き添いでないのであれば、市井出身の二人となるが…)
穏やかな雰囲気でこそあるが、確実に攻防を繰り広げている二人を見ては、スパゲッテやペリーニェといった生徒は少し引いていた。
「こんな、入口で立ち話をしては他の方々の迷惑となってしまいますし。どうでしょうピッケーリ様、一緒に昼食を楽しみませんか?」
「是非。君たちもいいかな?」
「あ、はい。問題ありません」「全然大丈夫です、はい」
チマは団体席に陣取り、ゼラが食事を取ってくるまで一人で腰掛けて待つ。
(親子で情報共有がないのは、シェオとの会話に対してこれといった意味合いがなく、真に偶然であり私の食事傾向を尋ねたかっただけ?直接相手をしていたシェオが、内に狐が潜んでいると言っていたのだからある程度は狡猾な相手とみる…として、ピッケーリ様はどうでるのかしら)
定番の定食を手に席に着いたピッケーリは微笑む。
「私はね、何れ時期を見て議員となり、行く行くはパスティーチェ元首になろうと考えているのです」
「テリーナ家はパスティーチェに残る名門貴族家ですよね?先祖代々、国家元首を務めることのある家系だと」
「よくご存知で。…アゲセンベ・チマ様はドゥルッチェの敏腕宰相、王弟レィエ様の御息女、貴女も行く行くはお父上の地位に近しい立場へ就くのではありませんか?」
「…。」
頬杖を突いたチマはピッケーリを見定めるような、じっとりとした視線を向けて嘆息する。
「はぁ…、耳の良いテリーナ家であれば、ドゥルッチェ貴族内での私の評価くらいご存知なのではありませんか?」
「…、多少は」
「そのうえで先の言葉を連ねるのなら、ねぇ?」
「ふふっ、貴女は随分と御自身の価値を低く見積もられているのですね」
「よく言われますわ、従兄から。ピッケーリ様の考える通りは場所は兎も角として何れ政務に関わるのは確か、そんな子猫を前に未来の元首候補はどんなお話しをしていただけるのかしら?」
「そんな小難しい話しを大っぴらにはいたしませんよ。アゲセンベ・チマ様にパスティーチェ外交大使になってもらえればと考えているだけです、お父上や国王陛下であればそれだけの事が可能でしょう?」
「派遣外交官ってことでいいのかしら?」
「そうですね。そういう立場に就いていただければ、こちらとしてもドゥルッチェと良い関係を築きやすいと」
(夜眼族である私が、夜眼族の影響が大きなパスティーチェの外交官となるのはドゥルッチェとしても利が大きい。そして、伯父様とお父様のお力で成長を見せているドゥルッチェへ、パスティーチェも関係を強く持ちたいというのがピッケーリ様の考えということね。悪くないけど―――)
「時期尚早ですね。パヤ毛が生え変わったばかりの子猫と変わりない私としては、荷が重く実力を積む必要があると考えます」
「…」
「然し、悪くない提案でした。持ち帰って、卒業までしっかりと熟考させていただきますわ」
「ありがとうございます」
「礼を言われるようなことでは御座いませんわ、ふふっ」
椅子に凭れては、会話が終わるのを待っていたスパゲッテらに着席を促し、一同は昼食とする。