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九話 多忙な休日の一歩! ②

 マカローニは杖を突きながら、自身の描いた作品を解説して進む画廊にチマは目を輝かせる。

 噂に聞いた作品の数々がそこには並んでおり、今直ぐにでも取引交渉がしたいと思っていたのだが、本人から聞かされる絵画の歴史や思い入れ等を聞いてしまえば、マカローニが如何にして筆を走らせたか、如何に大切な猫だったのかを知ってしまい躊躇してしまう。

 猫は純人族や夜眼族と比べて寿命が短い。故に絵画に描かれている猫たちは多くがこの世を去っており、彼にとって大切な思い出なのだ。

 その瞬間瞬間を生きる猫たちを切り取ったかのような絵画たちからは、欠伸や鼾、鳴き声が聞こえてきそうで、現代のパスティーチェ芸術界でマカローニ派という言葉が生まれるほどに影響を及ぼした。

「『ファールファ女王とカリノカリノ』。これが本物」

「今上女王ファールファと今は亡き飼い猫カリノカリノだ。時折お見えになられて、此処での時間を過ごしていかれる。これだけは何があっても譲ることの出来ない品で、女王ファールファからも署名を頂いている」

「何故王城に飾らないのかしら」

「多くの人に見てもらいたい、なんて言ってたな。…儂の死後は国営美術館に移動するんだと」

「未だ無名の画家が描いたマカロの絵もドゥルッチェの美術館に飾らせるのもアリね」

「えっ!?」

 声を上げたのはもちろんのことラザーニャである。


 楽しい絵画鑑賞をある程度終えると、マカローニは画廊を見渡してからチマへと視線を戻す。

「ほしい作品なんかは有ったか?此処は画廊って呼ばれているように絵画の販売も行っている、取引交渉を受け付けるし、芸文費に関する口利きを財務所へしてやってもいい」

「げいぶんひ、ですか?」

「芸術文化保護費用、パスティーチェ内で作成された文化作品及び芸術作品をパスティーチェ外へ持ちたそうとする際に課せられる税金の事よ。自国の芸術文化を守ろうって心掛けは見習わなくっちゃいけないけど、島国だからこそやりやすい法よね。ふふっ、いつか学園で習うかもしれないわよ」

「芸術関連を商いにしているもんなら兎も角、外つ国のお姫様たるチマさんが知ってるた驚きだや」

「勉学は自身を裏切らないでしょ?趣味みたいなものよ」

「うげぇー…」

「はっはっは、学生さんはチマさんの爪を煎じて飲まなくちゃな」

「んでどうする?」

「そうねぇ、マカローニの思い出を聞いてたら、この絵画たちはこの画廊にあるべきなんじゃないかって思えちゃって、少し悩むわ」

「この手の話しが効いてくれて嬉しいぜ」

「猫好きの証左にでもなった?」

「そんなところだ。『ファールファ女王とカリノカリノ』以外だったらなんでも好きに選ぶといい」

 『そうねぇ』と呑気に構えていると、画廊の入口辺りが賑やかになっていた。


 マカローニの画廊の前へ一台の車輌が停まり、男とその護衛が下りてきて『本日休館』の文字を見ては顔を顰めて門扉を押し開ける。

「本日は一般の方への開館を行っておりませんのでお引き取りください」

 マカローニの養子が男へ帰るように促すと、護衛の一人が前へ出て腰に佩く剣の柄へと手を置く。

「一般の方?私を心得ないとは不躾な…。名所だと聞いてやって来れば、そこいらに猫が屯し、私を一般人だと申すか。はぁぁぁぁぁ…」

「何処の誰かは存じ上げませんが、当画廊では王族であろうと規則に従っていただきます故、納得いただけないようであれば、どうぞお帰りくださいませ。こちらには入館者を決めるだけの権利が御座います」

「私はインサラタアのノチェド・ウォルドラ。ウォルドラ家の嫡男であるぞ?」

「そうでしたか。ではノチェド様、また後日お越しくださいませ」

 青筋を立てたノチェドは犬歯を剥き出しに受付の養子を顎で差せば、護衛の一人が白刃を抜き斬りかかる。

「はぁ、これだから現代まで生き残ってる貴族ってのは嫌いなんだよ。都合が悪くなったら剣を抜いて武力でなんでも出来る、そんな時代は当に終わったんですよ、ウォルドラ侯爵のボンボン息子サン」

 明白あからさまに間合いの内にいた筈の養子は、数歩離れた位置に佇んで肩を竦めてみせる。

「何の騒ぎだ!今は大事な客人が来ているのだぞ!」

「すんません。インサラタアのウォルドラの嫡男みたいで、いきなり斬り掛かってきたんです」

 怒りを露わにするのはマカローニで、チマとの時間を邪魔された事に腹を立てている様子。

「ウォルドラ侯爵っていうと、マセドワとシザロメに並ぶ鹿国インサラタアの御三家よね。大丈夫なの?」

 ひょっこりと猫を抱いて顔を出したチマに、ノチェド一行は首を傾げた。

(猫が、猫を抱いている?)

「追っ払ってもなんら問題はない、それだけの権利と許可を得ている」

「いえ、そっちではなく。現在の状態で、インサラタアのウォルドラ家が、パスティーチェにて問題を起こして良いのかってところ」

「「…。」」

 マカローニとノチェドは言葉を詰まらせる。

 パスティーチェとインサラタアは海を隔てて隣接している国家。そして御三家とチマは口にしたが、マセドワ家及びシザロメ家とウォルドラ家は均衡が取れた力関係ではない。

(現インサラタア元首のマーチェド・マセドワはシザロメ家から嫁を取って、御三家の力関係を崩した張本人。そしてウォルドラは此処数十年で大きく力を削がれ、落ち目になりつつある家なのよね)

 そのウォルドラ家の嫡男が隣国パスティーチェで、殺人に関与したともなれば…致命傷であろう。

猫人ねこびとが知ったような口をききよって。大人しく西大陸に帰ったらどうだ!」

「ねこっ、…挨拶が遅れてしまいましたわね。私はドゥルッチェ王国アゲセンベ家の娘、アゲセンベ・チマと申しますの」

「ドゥルッチェ?地味で落ち目のか?アゲセンベというと王弟宰相レィエの娘と言うことになるが、ふっ、獣と寝る男だったとはな!」

(ヤバいっ!)

 チマが登校を再開し実力を示してきたことで踏まれることのなくなった地雷。それを一切の遠慮なく踏み抜いたノチェドへ、彼女は何をするか分かったものではない。

 シェオは急ぎ手袋を装着し、ゼラに目配せをする。

「…。…。『人の礼儀は国の象』という格言を教えて差し上げますわ。まあ?『獅子ししに追われる鹿ししの国』の民では理解出来ない可能性はありますが」

「「…。」」

「さあお帰りなさいな、草でも食んでいるのがお似合いですわ、『古鹿に追われた小鹿さん』」

 罵倒である。

 体毛で覆われた夜眼族の表情、というのは純人族からすると分かりにくい。故に真顔で淡々と罵倒しているように見え、激昂し踏み込む感情が恐怖で削がれ、ノチェドは踏みとどまった。

 然し踏みとどまってしまったが為に遅れて怒りが込み上げはじめ、何かやり返さなければ気が済まないという感情が湧き起こるのも必然。眉を曇らせながら、国際問題に発展しない程度の仕返しを考える。

「宰相レィエといえば布陣札の国際公式戦に出ているではないか。此処は一つ、同じ土台に立ち布陣札で決着を付けよう。勿論、そちらが敗北した場合は誠心誠意を以て謝罪してもらうがな」

(あっ…)(…。)

 ノチェドの言葉にシェオはこの後の展開を悟って、ゼラは安堵の色を露わにしたのである。

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