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九話 多忙な休日の一歩! ④

「さあ行きましょうビャスくん!」

「はいっ!」

 チマがマカローニの許へと向かい、リンとビャスは休暇をもらい街へと繰り出す準備をしていた。

 護衛のない日は宿に残って勉学に励んだり、チマの寝具や衣服の手入れを行うバラの手伝いを行っている二人の休日だ。まあバラが優秀であり、ちょこちょこ街へ出ているのだが。

「といっても行き先は決めてないんだけどねっ」

「なら最後に行きたい場所があって」

「最後に?」

「っはい。夕方頃が良いかなって」

「じゃあ夕方はビャスくんの行きたい場所にいって、それ以外は適当にふらふらしよっか」

 ビャスは小さく肯いてリンの後を追った。


 そこら辺を歩けば街猫たちがのんびりと日陰で惰眠を貪っている。その中から灰色の長毛猫を見つけては『チマみたい』だと笑って、触ってみようと近寄れば猫パンチをして何処かへと去っていく。人懐っこい猫が多いホーク―であるが、その時の気分や孤独を愛する猫もいるのだろう。

 残念そうな表情を露わにすればビャスの足元に綺麗な毛並みの灰色猫が寄ってきて、「にゃあ」と鳴く。

「ロニャさん?」

 こてんと首を傾けた猫はアゲセンベ家に僅かな間だけ滞在していた『流離さすらう旅猫』のようでもあり、少し大きくも見える。

「知り合いの猫さん?」

「どう、なんだろう。…少し前にアゲセンベ家のお屋敷に、っ子猫が迷い込んできて、ちょっと似てるような気がしたから。…、でも流石に遠すぎるかな?」

 自由奔放な猫とはいえドゥルッチェからパスティーチェ間を移動するには難がありすぎる。とはいえ実際に流離い旅をしたのならば猫なりの偉業であろう。ビャスはロニャと思しき猫の顎を撫でれば気持ちよさそうに喉を鳴らす。

「なんて言ったっけ?彷徨う猫みたいな語り話がカリントにあるってお嬢様が言ってた」

「伝承かぁ。」

(パスティーチェもだけど、この世界はゲームの外側までしっかりと存在している。ゲームを模したような世界だけど、…メインストーリーはレィエ宰相の影響で狂っているけども、設定が一致している)

 リンは考え込み、違和感に刺される。

 逆なのではないかと。

(こっちから向こうに転生したとして、それをゲームにまでする意味は?そもそもブルード・リンの物語を描いた意味は?…レィエ宰相にでも相談しよ)

 ビャスはロニャのような猫を一頻り撫で終わり、リンは笑みを向けて立ち上がった。

「っどこいく?」

「どこいこっか」

 二人は呑気に歩みだす。


―――


 武具店に立ち寄ってみるも、リンの金箍根きんここんやアゲセンベ家から貸し出されているビャスの剣と比べてしまえば、更新するほどの物は並んでおらず。服飾店へと足を運ぶも既に何度か見て回っているので、これといって欲しいものはない。

 ただ二人で彼方此方を歩き回り、ああでもないこうでもないと話し合う時間を楽しんでる。

 昼後には大衆劇場へ足を運び観劇し、夕刻手前くらいにビャスの生きたい場所へと向かう。

「っちょっと登るけど、大丈夫?」

「問題ないよ。結構鍛えてるし身体能力強化もあるからね」

「では」

 色とりどりのレンガで舗装されが坂道を進み、小高い丘の階段を一段一段上っていくと、ホークーの街と海を見渡せる展望台へと辿り着き、夕日に焼かれた風景を目にする。

「…宿の人に聞いて、ここの景色をリンさんと、っい、一緒に見ようと思ったんだ」

「すごい絶景。ここに二人で来たことは一生忘れないかな」

 眩しそうにしながらも満面の笑みを浮かべたリンを見て、ジャスは一度深呼吸をしてから、はくはくと鯉のように口を動かす。

「…。…。…。りりり、リンさん!」

「はいっ!?」

「ぼ、僕と踊ってくれませんか、林檎の花のような、あっ貴女」

「えっ」

 顔を林檎のように真っ赤に染めて、必死に手を差し出すビャスを見てはリンは目を丸くし、状況を理解することに脳を動かす。

(これってデュロとかシェオみたいなメインヒーローたちが終盤にしてくれる告白!?どういうこと!?時期も全然違うし、ビャスくんは貴族じゃないから定番の誘い文句を知らなかったはず。…いや、今のビャスくんはチマ様派閥だし何れは爵士しゃくし叙爵じょしゃくされる貴族系、になるのかも。もしかしてもしかしなくても今告白されてるの!?)

 綺麗な夕焼けを楽しんでいた和やかな状況から一転、リンの思考回路は数多の考えが錯乱し混乱していく。

「あ、あの…」

「……」

 目を瞑っていたビャスだったが、何の返答もなく手を取ってくれるわけでもないリンの様子を確かめるべく瞳を開けば、こちらも林檎のように顔を真っ赤にしておりどうしようかと悩む。

(い、いきなり過ぎた!?嫌われたらどうしよう…、でも…僕はこの想いから逃げたくないから!)

 ビャスの心には確かな恋の炎が燃え盛っており、…身近な反面教師のようにならないよう決意を確かに、今日この場を用意したのである。

「返事は後でも…、っいいので」

 然し何の返答もなければ臆病風が頬を撫でてて熱を冷ましてしまう。言葉尻を窄めて一歩引こうと、自身の手を見つめ引き戻そうとするのだが。

「待って!」

 その手を掴んだのはリンで。

「私はね、私は、少し不純な理由でビャスくんに近づいたんだ」

「え」

「同年代と比べてかわいい系な見た目は好きだし、」

(かわいい系、…)

「生まれや境遇を引き摺らず直向きな姿はカッコイイって思ってる。…だけどね、本当に私がビャスくんに近づこうとした理由は、スキル『勇者』なんだ」

「…っ。『勇者』」

「…、遠くない未来、とある人を助けるためにその力が必要になる、それを知っていたからチマ様と行動しているビャスくんに近づいたし、戦力として必要だから一緒にレベル上げをしようと誘ったりもした。あはは…自分のやりたいことにためにビャスくんをその気にさせようとしてた狡い女なんだ」

「…。」

「引いちゃった?」

「っ助けるのはお嬢様?」

「うん」

「お嬢様に、野営会みたいな事が起こる?」

「知っている限りではもっと非道いことが起こる。全ての道でチマ様は死んじゃうんだ…」

「っ」

「ごめんね、水を出しちゃって。一世一代の勇気を振り絞ってくれたんだよね、私としては本当に嬉しいんだけど」

「嬉しいなら、っ僕の手を取ってほしい!」

「!」

「…。僕は、村では役立たずだったし、蔑まれて生きてきた。だけどリンさんの、好きな人の役に立つ力なら、僕は一緒に頑張りたい!」

 先程までの真っ赤な表情の、少年らしさの残るビャスとは異なり、“勇者”らしい表情となって再び手を差し出した。

「トゥモさんから、き、聞きました、『踊ってくれないか、林檎の花のような貴女』っていうのは、貴族の人が好きな人を誘う言葉だって」

(すっごい急成長。ゲーム終盤みたいだ。…きっとこの人生はゲームなんかじゃない。ビャスくんもチマ様もシェオさんも、みんな生きているしこれからお生きていく、人なんだ)

「すぅー…」

 大きく息を吸って胸を膨らませたリンは、目の前の青年へなろうとしているビャスの手を取り、舞踏の律動を刻む。

「わわっ!踊りの、れっ練習は未だで!」

「なら私が教えてあげるね。学校で必要な事は全部出来るから、踊りも得意なんだ」

 急に始まった二人だけの舞踏会、ジャスは目を白黒させながらもしっかりと動きを覚えていく。

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