「うへへー」
頬を染め嬉しそうに身を捩るリンだが、ビャスは彼女の言葉を思い出して問う。
「お嬢様が死ぬって?」
「…言っちゃった?」
「そう聞こえたかなって」
「…。前にも言ったけど私には未来を見る能力があるんだよね、不確かでめちゃくちゃになってるんだけど」
「。」
ビャスが頷いた事を確認しリンは続ける。
「その未来は五つあって全てでチマ様が命を落とすの。今はどれでもないんだけど、統魔族によって危機に陥るのはほぼ確実だと思ってる」
「っそれで僕の力が、必要っていうのは」
「『勇者』スキル持ちは統魔族に操られた人、前に見たと思うけど仮面の奴らから操る力を引き剥がして救うことが出来る、統魔族の天敵なんだ。だから…ビャスくんがチマ様を救う未来があったんだけど、チマ様は、他人を救うために命を落としちゃうんだよね。本人は知らないとはいえ、助かることの出来る機会を逃しちゃうなんて本当にお人好し…」
「そ、その手順とかって」
「仮面を引き剥がせばいいんだけど、統魔族に操られている人って軒並み強いから難しいと思う」
(チマみたいに抵抗して動きを阻害してくれるなら本人よりも弱くなる可能性はあるけど、アレはラスボス戦と題したイベント戦やギミック戦闘の類い。普通に戦うなら、この前みたいに強敵が立ちはだかるのは確定)
「だから小忠実にレベル上げを誘ってくれたんだ。野営会以降」
「そんなとこ。レベルは大事、スキルが低くっちゃ戦えたもんじゃないから」
「…、リンさんは、お嬢様からスキルポイントを貰ったりは?」
「それはないよ。チマ様が望まないってのもあるけど、チマ様から離れても実力を十全に発揮できる人員が欲しいんだよね」
「いざという時に、動けるように」
「そ。とりあえず今日は恋人になって一日目だし、食事に行こっか。チマ様たちも帰りが遅くなるって話だから」
「っ待機のバラさんに、お土産買わないと」
「だねー」
リンはビャスの手を握り階段を下っていく。
―――
(ビャスは上手くやったのかねぇ。……、元々いい感じだし多少失敗しても問題はなさそうな二人だよね)
チマたちの着替えを終わらせ一息ついたバラは、異国の宿で一人っきりの寂しさを覚えつつも、後輩の恋路を応援している。
(一三そこらのビャスに恋人ができたとして、シェオはもうちっと焦ってくれないかね。お嬢様は鈍々の鈍感だから、シェオの方から言わないと気が付かないだろうし)
「男、見つけるか。アゲセンベ家の従者以外から」
パクッ、と菓子を一摘みし、バラは一人を満喫する。
―――
「わぁすっごい大きなチーズ!」
指差したのは硝子張りの調理場でホールチーズにパスタを乗せ絡めている場面。
(前世のSNSとかで見たかも。ああいうの食べてみたかったんだよね)
「っはいってみる?」
「うん、入ってみよ」
リンはビャスの手を取り、賑やか頻りな食堂へ足を運んではホールチーズのカルボナーラを注文した。
「これを注文するのは初めてですか?」
「はい」
「なら調理場をしっかりと見てて下さいね、調理風景も提供する料理の一環なので!」
「「はいっ!」」
給仕が調理師に一言伝えれば、『これから作ります』と目配せをした後に熱々のパスタでホールチーズを溶かし絡めていく、鼻を擽る濃厚なチーズの香りに今か今かを待っていれば、皿を両手に抱えた給仕が笑顔でやってきてカルボナーラを配膳した。
「特製チーズカルボナーラです、ご賞味あれ」
(いっただきまーす)
食前に合掌する文化はないので、心の中でだけ手を合わせ匙を手に取る。
一口食べればチーズと卵の濃厚な味わいが広がって胡椒の刺撃がピリリと走り、弾力のあるパスタがまた口心地い。まさに絶品。
「おいしいね」
「うん」
微笑みを交わしながら夕餉を楽しむ。