テリーナ家の所有する屋敷へと車を乗り付ければ、食事会へ参加するために足を運んだ国土栄進党派閥の面々から注目を集める。
「シェオ」
「なんですか、お嬢さ、チマ様」
「此処での付き添いはドゥルッチェ前の練習と言ったけれども、ここでの社交も本番になる可能性があるわ」
「と、いいますと?」
「私は何れパスティーチェとの外交を担う立場になる可能性も否定できないの。そうなれば外交官を務めるアゲセンベ伯チマの夫という立場になるわ」
「……何故急に?」
「外交大使としてお誘いがあったのよ、何れ国家元首になるっていう先輩からね」
「お受けしたのですか?」
「いいえ。可能性の一つってだけ。まあ気楽にいきましょ」
「脅しをかけといて言うことがそれですか…。…私は私に出来ること努めるだけです」
シェオは腕を差し出し、チマが手を置く。
今回の食事会は形式張った料理を順番に提供される方式ではなく、食べたいものだけを皿に盛り付けるドゥルッチェ方式。
(クリーム系や魚介を多く並べている。苦手なものしか教えていなかったのに、これらが並んでいるということは宿の方へ探りを入れたのでしょうね)
「お招き頂きありがとうございます、ピッツォーリ閣下。態々
「そりゃあまあ、パスティーチェとドゥルッチェを結ぶ架け橋と成り得る相手ですからね」
「
ピッツォーリはニコリと微笑んで握手を求め、チマは握手を返す。
「数日ぶりですね、キャラメ・シェオ殿。まさか貴方がアゲセンベの姫君の付き添いだとは思いもしませんでしたよ、ははは」
僅かな瞬間だけ視線を向けたのは、皿に料理を盛り付けているゼラの姿。
爵位なんて階級の廃れたパスティーチェであっても、公爵家の娘と取り合う付き添い人というのは
「先日は有益なお話しをありがとうございました、ピッツォーリ元首。私としても荷が重いと感じているのですが、ご指名を頂いた以上は役割を果たさねばなりません。ピッツォーリ元首も理解できるのではありませんか?」
「ははっ、何のことでしょうかね?アタクシには理解できませんな。…ではお話しをしたがっている方々がおります故、私はここらで」
「またお話しをしましょ、ピッツォーリ閣下」
「ええ。…ですが、次に公式の場でお話するときは任期を終えており、閣下と呼ばれる地位にはいませんが」
「どうかしら?案外に長く務めるのではなくって?」
「勘弁して下さい」
ピッツォーリが一歩引くと、シャランと金擦れの音と共に顔を
それと同時に会場にいたパスティーチェの議会員たちが顔と目を伏せる。
「初めまして、ドゥルッチェの至宝、
「ドゥルッチェの至宝だなんて恐れ多いですわ、ファールファ陛下」
チマが衣服を床につけ跪き最大の礼を返すと、ファールファは顔に皺を作りながら優しげな笑みを浮かべた。
「お立ちになられて」
立ち上がったチマが握手を求めるように手を差し出すと、ファールファは
「貴方はこの先、苦難の道を強いられることとなりましょう」
「ええ、知っていますわ、楽な道なんてありません。…ですが前へ進み続けられる、それが今を生きる者の特権ではありませんか?」
「ふふっ。今の言葉、お忘れなきよう」
ファールファはヴェールを持ち上げ顔を晒してから自身の手を差し出し、チマと柔らかな握手を交わす。
(…、)
僅かな瞬間だけ顔を強張らせたファールファは表情を笑顔に戻してから、シャランという金擦れの音と共に姿を消す。最初から誰もいなかったかのように。
(不思議な方だったわ)
食事会が始まれば国栄党の面々はチマへと話しかけ、付き添いたるシェオの関係を問うていく。
本人らは主人と従者と解答するのだが、強固な関係性が目に見えて若い男性陣は肩を落とす結果となった。
あわよくば未婚の、それも婚約者のいないチマと密接な関係を構築したかった、というのが本心だったようだが、猫相手に構いすぎるのは悪手なので大人しく会食を楽しむ方へと舵を切る。
何れ、チマの子が生まれた後、パスティーチェの印象が良ければ足を運ぶ可能性も否めない。可能性を高めるために歓待を行っていく。
(王族であり夜眼族のお嬢様、大人気ですね…)
国栄党派閥の外交官が足を運べば興味深く様々問い、チマ自身が外交に興味がある素振りをすると、彼ら彼女らは『上手く事を運べた』と内心で喜んで、ピッケーリは分かりやすく笑みを浮かべていた。
「それでは私はこれで御暇いたします。また再び、お次はドゥルッチェ王族の公務として貴方方とお会いできることを願っておりますわ」
ここでの縁作りが無駄にならないよう政権を守って欲しい、という意味合いの言葉に国栄党の面々は頷き、会場を去るチマ一礼して見送ったのである。
「はぁぁ、疲れた〜…」
「ご苦労さまでしたお嬢様」
「シェオもお疲れ。全然食事が喉を通ってなかったみたいだけど大丈夫かしら?」
「宿に戻ったら簡単なものでも食べますので問題ありません。…お嬢様とジェローズ騎士は、しっかりと食事を楽しんでいましたが、…慣れですか?」
「慣れというか、ドゥルッチェ方式で提供された以上は多く皿を使わないとね」
「。。」
うんうん、とゼラも頷く。…彼女は何処に呼ばれても、満足に食事をする人物なのだが。
「…では私は失敗でしたね」
「ドゥルッチェの食事会だったら大失敗だけど、相手方が気にしている風はなかったし。それ以外の礼儀作法は問題なかったから及第点をあげてもいいわ。爵士が叙爵され、色々と呼ばれるようになったら緊張していても食べなさい。皿に盛る量を少なくして、沢山皿を使うのよ」
「はい」
「いざとなればお手洗いで衣服が汚れない程度に吐き出しちゃうのも手段の一つ、らしいわよ」
「うわっ。やる人、いるんですか?」
「父がやってた。回復魔法ないと、胃と食道を患う」
前ジェローズ伯は大変な人物だったらしい。
「…、緊張してても食事を出来るように頑張ります」
「そうね、健康に長生きしてほしいわ。…、これでパスティーチェでやるべきことは終わったわけだし、後は学園で学べる事をしっかり学び、ドゥルッチェへ持ち帰らないと」
「私は戻ってから勉強の日々ですがね」
「勉強はやっただけやったことが身につくから、疎かにしては駄目よ。分からないことがあったらなんでも教えてあげるから、しっかりと私やお父様を頼るように、いいわね?」
「はいっ!」
「宜しい。ふふっ」
チマは車窓から夜景を眺めつつ、明日の学友たちとの予定に思いを馳せる。