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一〇話 ボウリングっ! ②

「結構重いのね」

「軽いのもあるよ」

「持てないわけではないのだけど。みんな軽々と投げているから」

 チマの視線の先には先客たち。綺麗な姿勢でボールを投げる姿からは重さなど感じられず、実際の重さとの差に驚いていた。

「持ち方は、指をこうして」

「こう?」

「そうそう。でね、投げ方なんだけど、一度お腹くらいまで持ち上げてから、こっちの足を出して、後ろに球を引くの。そうすると自然な感じに振り下ろせるから、振り子の勢いを利用して、っこんな風に指を離すだけで転がっていくよ」

 ペリーニェが放った球は、パコーンと綺麗な音を立てて一〇本のピンを倒しストライクとなる。

「放り投げるわけではないのね」

「結構な回数投げるから、一回一回放り投げてたら腕が死んじゃうよ~」

 チマが球の持ち方を確かめていれば、ピン立て係が次球の準備を終えて旗を振る。

「よしっ、先ずは挑戦よっ!」

「がんばれ~」

 ボウリング場から集まる視線など気にする風もなく、チマはペリーニェから教わった投げ方を試してみると。

 ガコン!と音を立ててガターレーンを走っていった。

「え?真っ直ぐ転がらなかったのだけども」

「ちょっと力んじゃったかな?指を離すのももう少し早くていいかも」

「なるほど」

 球が戻されるのを待っていたチマは、隣で投げようとしていたスパゲッテの投球をじっくりと観察するのだが、彼は回転の力を利用して弧を描く軌道でピンに当て一〇本を倒しきった。

「曲がっているわ!」

「へへ、イケてたろ。慣れてきたらカーブを使ったほうがストライクを取りやすいんだぜ」

 キリッと自慢気な表情のスパゲッテである。

(まあでも指を離す位置は見れたから)

「行くわ!」

 次の投球でチマは六本を倒し大喜びをする。


 チマが綺麗な姿勢で球を放ると、綺麗な弧を描いてピンへと命中。弾かれたピンが別のピンへと当たって見事ストライクとなった。

 やり方さえ教えれば何事も熟すことの出来るチマだ、何ら不思議ではないのだが、ジェノベーゼン学園の学友たちは目を丸くする。

「チマちゃんすごいねぇ、ものの数回で覚えちゃったじゃん。布陣札って札遊びもだし頭もいいから、高位の記憶系スキルを持ってるんだねっ!」

「残念ながらそういうのはないわよ。物覚えがいいってだけなの」

「へぇー意外!あんまりこういう事を外つ国の人に聞いちゃいけないと思うんだけど、どういうスキルをもってるの?」

「ペリーニェ、自分で言うなら兎も角、聞くのは本当に良くないぞ」

 スパゲッテはペリーニェを禁めるような言動を吐き出しながらも、その瞳には敬意と興味が混じり合っている。建前はどうあれ、気になるのは彼も同じなのだろう。

「…スキル。ドゥルッチェで調べれば直ぐにでも耳に入ってしまうから、隠しても無駄よね」

 パスティーチェでのチマは夜眼族であり、知性に富み、気さくに話しかけられるお姫様、ということから好感を持たれている。

 然し、有用なスキルがないと知れれば、ドゥルッチェでの厳しい風当たりを再びこの国でも受けるのではないか、そんな不安も大いに抱えていた。

 視線をシェオやリン、ビャスに向ければ小さな頷きが返ってきて。

「私にはね、たった一つのスキルしかないのよ。それも私自身には何の役にも立たない味噌っ滓のスキル。だからドゥルッチェでは蔑まれてね、見返してやろうと努力したのだけど、スキルそのものは手に入らなくって、呆れられちゃうわよね」

 尻尾を巻いたチマは小さくなって顔を背ける。

「スキルないのに勉強と運動が出来るの!?いいなぁ〜」

「努力の賜物ってやつだろ、イケてるな!漫画の主人公みたいだぜチマさん!」

「…」

 思ってもみなかった返答にチマは目を丸くした。

「そうなんです!チマ様はすっごい努力家で、ドゥルッチェの学校では成績一番!『剣聖』を持った同級生にも喰らいつく凄い方なんです!」

「っお、お嬢様が卑下する必要なんて、な、ないと思います!」

「はい。皆さんの言う通り、お嬢様は自信を持たれていいのですよ」

 一同から声を掛けられたチマは、尻尾を揺らしながら恥ずかしさで更に小さく縮こまって飲み物へ口を付ける。

「…、ありがと」

 囁くような、尻すぼみな声色で礼を言い外方を向いてしまったが、一同はニマニマと温かな視線を送りボウリングを楽しむ。

(努力をしたから、努力を続けてきたから、この場に居られるのね。諦めるわけではない、けれど欲する物はスキルでなくってもいいのかもしれないわ。こんな温かな居場所を守れ、多くの人たちが同じ様に思えるように、そんな存在にならなくっちゃ)

 しばらくの間、チマは長椅子の端っこで小さくなっていたのだとか。


 一頻りボウリングを楽しみ満足したチマ一行は、ヘトヘトになりながらボウリング場を出て喫茶店で甘味を楽しみながら、シェオとゼラが車を手配するのを待つ。

 そんな折、チマはパスティーチェ国民から向けられる好奇の視線とは異なる、害意を孕んだ視線を感じ取り周囲を探る。

「どうかしました?」

「いえ、何もないわ、多分」

 ジッと濡れた布を掛けられたような圧を再び感じ取り探ろうと試みるのだが、静電気のような感覚が首に走って尻尾の毛を逆立てた。

(気が付いていないフリをしな)

(知らない声が頭に!?)

(おっ?漸く繋がったか。くひひっ、いや唐突にすまないね、『怠惰たいだ』の琥珀こはくちゃん。今近くにいる奴は非常に面倒な相手で、相手をせずに帰れるならその方がいい。だから知らんぷりをして時間を過ごすんだ)

(…。よく分からないけど、名乗りもしない相手の言葉に耳を貸す道理はなくってよ)

 ふんす、と鼻息を吐き出してチマは甘味を食む。

(紹介が遅れ――――――前は、―――――――見知りおきを)

(?。何か途切れているのだけど)

(未だ不安定か。―――――――過ごすようにね、―――琥珀―――。―――――)

(なんだったのかしら。私には聞こえなかったけど、名乗っていたのは確かだし忠言くらいは聞いてあげましょ)

「どうかしました、チマ様?」

「何事もないわ、きっとね」

 シェオとゼラが車輌を用意し終える頃には、害意を孕んだ視線は消え去っていたのだとか。


「送ってもらってありがとうございます!調子乗って遊びすぎちゃったんで、ホント助かりした!」

「お嬢様も大層楽しんでおられたし、またお誘いください。後一度くらいは時間を工面できると思いますので」

「うっす!」

「シェオさんも頑張ってくださいね〜」

 ゼラの運転する車輌から降りた学友たちは、後部座席で居眠りをするチマの寝顔を拝んでから、学園の寮へと戻っていく。

「チマ様、お友達が沢山できたんですね」

「ええ。旦那様と奥様もお喜びになられるでしょう。何れ、お嬢様がご自分の意志でこのパスティーチェの地を踏む時は、リンさんとビャスと共にありたいものです」

「どういう意味です?」

「秘密です」

 嬉しそうなシェオは車輌を走らせた宿へ向かう。


(喫茶店にいる時、なんか変な感覚を感じたな。アレは誰に向けられた感情ものだったんだろうか)

 チマの感じていたものはスパゲッテも感じており、同行者に被害が出てはならないと動きを抑えていた。まあ武器を所有していなかった、ということもあるのだが。

(リンさんみたいに武器の携行をするか。あとお師匠にも連絡をして)

「どうしたの難しい顔をして?」

「ん?いや次は何時にしようかなってさ。期限は近いだろ?」

「なるほどね〜、何時にしよっか」

 学友たちは賑やかに予定を立てる。

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