「くそっ、なんだってんだ…まったく」
瓦礫を避けながらリンとビャス、気絶している教員の安全を確保したスパゲッテは、悪態を吐き出しながら周囲に瞳を向けて状況の把握を努める。
「なにが、起きたの?」
「っわかりませんが、校舎が滅茶苦茶です…」
「チマ様は無事だといいんだけど」
「チマさんは大分イケてたし大丈夫だろう。問題は目の前だぜ」
彼らの目の前に身体を擡げたのは、体中に数多の瞳が備わった異形のそれ。人型、と思えなくないのだが頭足類のような触手状の蔓で出来た手足が伸びており、それらに剣や槍、斧といった武器の数々が握られている。
「■■■■■■、■■■」
蠢いて何かしらの音を放っている事から、言葉を話しているということまでは理解できるのだが、三人には理解も認識も出来ない。
「リンさんは回復を用いた援護、ビャスはリンさんと先生の防衛を頼む」
「っはい!」
「わかりました」
「人を操っていない以上、アイツは殺せる。厳しそうな相手だが、『槍聖』の『勇者』の
―――
「さて、大仕事をしなくっちゃね」
半分に折れた剣を手にチマは超大型の姿を見据え、振り下ろされる拳を回避し、相手の身体を駆け上がる。
既に体力が尽きかけているチマではあるが、やらねばならないことが目の前にあるのだから止まることは出来ない。身体を登る虫を払うかの如く自分自身の鎧を叩く魔物だが、彼女の素早しっこさに敵うはずもなく、間抜けな行動を繰り返していた。
(
カン、と弾かれる折れた剣、全身を覆う大鎧は大体の生き物の弱点である頸までもを覆い、現状のチマでは有効打足り得ない。
(流石に無理だな。チッ、面白いねえ)
(面白くないわよ!)
力目一杯の踏み込みで斬りつけたのだが、手に持っている剣に寿命が訪れただけの結果が手元に残り、チマは眉間に皺を寄せた。
(身体を貸しな、チマちゃん。俺ちゃんにも荷が重いが、統魔の力ってのを見せてやる)
(…。嫌だけども。下にいる三人と教員の為、貸してやるわよ。使いこなしてみなさいな!)
(任せろって!)
魂を覆う暖かな闇に身を委ねようとするのだが、蝋に水を垂らすかのようにするりと剥がれ落ちてしまい、手応えというものを感じない。
(くひっ、なるほどなぁ。だから堕としたのか、『
(気味の悪い笑い声を上げてるところ悪いんだけどッ!遊んでる余裕なんて無いのよ!)
(悪い悪い、俺ちゃんは他所の馬鹿共と違ってちと寝不足気味なんだ。…俺ちゃんにスキルポイントを譲渡して、仕徒にしてくれ)
(怠惰の仕徒ってやつ?!)
(ああ!)
「わかった、わかったわよ!どうせ私には無用の長物、『盲愛』に全部くれてやるわ!」
(面白い。予想と違うが、)『俺ちゃんの力を使ってみせろよ!』
ドロリとした暖かな闇はチマの魂を半分だけ覆い、彼女の顔には半分だけの仮面が現れた。
『真打はもう無いが、影打は残っている』
「私の口で喋らないでよ!」
『くひひ、副作用ってやつだ。武器は用意した、使うのはチマちゃんだ』
「はいはい」
チマは手に漆黒の刀身に黄色い一筋の装飾が入った直刀を握っており、身体の奥底からえもいえない力が溢れ出る。
『
「神族への贈り物、それと同等の品を使えるなんて…光栄ね」
迫りくる腕へと刀を振るうと、指の三本を軽々と斬り落としチマは目を丸くしながら足を進め、鎧の繋ぎを斬り落とし本体を露わにしながら身体を登り、肩と頭部の鎧をも外してみせた。
「これなら、―――ッ!」
止めを刺せると思ったその瞬間、地上から魔法弾と風の槍が飛来し超大型『無廟の鎧』の胸へと風穴を開ける。
「シェオ!ゼラ!来てくれたのね!!」
満面の笑みで射線を手繰れば見慣れた侍従と無口な釣友の姿がそこにはあった。
「お嬢様!」
「もう一回大きな攻撃をお願い!!首に!!出来るでしょ!!」
「わかりました!!」「。」
「お嬢様の邪魔をする者は全て貫け、フーソ!!」
二人の攻撃は
校舎よりも背の高かった魔物だ。その肩に乗っていたチマは、一切の迷いなくシェオの許へと駆け出し飛び降りる。
「もういいわ、『盲愛』。力をありがとね」
『くひひ、…俺ちゃんは暫く眠る。達者でな』
「おやすみなさい。…シェオー!!私を受け止めて!!」
「えぇ!?ちょっと待ってください!!もう降りてる!?ふ、フーイ!!」
風の障壁をチマの落ちてくる地点へ柔らかな緩衝材として展開し、最大限の力を以って勢いを緩和し、チマの軽い身体を受け止めた。
「
「すみません。どうにも運が悪くて…」
「でも会えたからいいわ。ゼラも来てくれてありがと」
「。」
コクリと肯いて、ゼラはチマの頭を撫でた。
「さあ、校舎にいるリンたちを助けに行くわよ!」
「あっちには強いお爺さんが向かったので、きっと大丈夫ですよ。我々は一足先に軍へと合流し保護してもらい、…怪我や切れてしまった耳先を治してもらいましょう」
チマとしてはよくわからない事だが、二人が頷いているので納得し、シェオに抱きついて匂いを確かめ気分を落ち着ける。
―――
(…イケてないな。だがまあ、
迫りくる剣を槍で弾く事に成功したのだが、対応できない位置から槍が迫り死を覚悟する。
「イケてないのう、スパゲッテ。学園の通ったせいで腕が、鈍っとるんじゃないのかッ?」
「その声、お師匠!」
「おう、最強にイケてる
槍を槍で弾いたレッテは、得物をクルクルと回しながら無数の腕を斬り落とし、スパゲッテに目配せをした。「合わせろ」と。
無双の槍術でレッテが
「■■■……」
『正心』は言葉を呟いたかと思えば、身体が霧散していき残響炭すら落とさずに消え去る。
「やれるじゃねえの」
「高祖父ちゃんのお陰だよ…、もう動けん」
大の字になって倒れたスパゲッテをレッテが担ぎ上げ。
「さっさと撤収するぞ、嬢ちゃん坊っちゃん。校舎が崩れかけるてんじゃ、こんなところに居たら潰されちまう」
「は、はい!」「わかりました!」
ビャスが教員を担ぎ、一行は校舎を後にするのであった。