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一三話 新芽! ①

 映日果月9月の末。ジェノベーゼン学園に現れた統魔族の引き起こした事件は、数日掛けて残る魔物もパスティーチェ軍に掃討され沈静化した。

 狙われた対象がドゥルッチェ国の姫及びその従者、そしてパスティーチェが抱える『勇者』と、ドゥルッチェの災い事を国内に持ち込んだという反感は少なからずあるのだが、彼女たちが生徒の避難と保護に尽力したという事実から槍玉にあげることは出来ないでいた。

 まあドゥルッチェ国の姫が学園周辺で見られた夜眼族と知ったら、手の平をクルクルと回す。

 すんなりと受け入れられたのは、パスティーチェで猫が好まれる切っ掛けとなった『女王とミタラ』の影響もあるのだろう。

 結局のところ、パスティーチェ国民の対ドゥルッチェ王国感情を操作するプロパガンダとして、新聞屋を始めとする各種報道が使われているというのが真実。

 夜眼族という可愛らしい餌があれば、今回の事件で現体制へ向けられる指摘も和らぐのだから、ピッツォーリらは上手く逃れたもので、のらりくらり議会員の椅子に座っているだけはある。


「校舎を滅茶苦茶にしてしまい、本当に申し訳ございません、学園長」

「いやいや、良いのですよ、アゲセンベの姫君。頭を上げてくださいな」

 事件後、一応の取り調べを受けたチマはジェノベーゼン学園の学園長と面会し、開口一番に頭を深々と下げて謝罪を行った。彼女が悪い、なんて思っている者は居ないに等しいのだが、真摯な態度を示すのも国を代表する王族の務めと先手を打った。

「各所の支援金や国からの補助金で古くなった校舎を真新しく出来ると思えば、何も悪いことばかりではありません。生徒たちも一時的に他の学園に臨時編入という形で勉学を修めてもらいますし、教師も同様。我が校は『勇者』スパゲッテ及び彼に加勢した夜眼族の勇士アゲセンベ・チマ様が通われた栄誉ある学び舎として生まれ変わるのです。いやはや良いこと尽くめですな」

「校舎の歴史や校舎内の備品などは…、絵画なども飾られていましたし」

「はっはっは、設備は最新である程、生徒の為になるのですよ。絵画も多くは失われてしまいましたが、また購入すれば良いです。あぁでも不思議なことに、瓦礫が降り注いだ食堂なのですが、七不思議の絵画は無傷で残っていましたね」

 あれか、と納得するチマに学園長は笑顔を向け一礼をする。

 先の言葉、パスティーチェに来たての頃のチマであれば、『歴史を蔑ろにするなんて』と憤慨しそうなものだが、遊学という機会を経て彼らの国民性がドゥルッチェとは異なると理解し、寛容さを手に入れ受け入れることが出来た。

 小さく納得していれば、学園長は鞄から一枚の紙を取り出し。

「我が校の生徒及び教員職員をお助けいただき、心からの感謝をお伝えいたします。我々としては毎年のように遊学をしてもらいたい程なのですが、校舎の都合や再来年にはドゥルッチェ王国で記念祭が行われる事を考慮すると、アゲセンベ・チマ様が本校へ遊学出来る機会は無いと考えられ、こちらに卒業証書を用意致しました。短な期間ではありましたが御身がジェノベーゼン学園へ通われたことは事実であり、優秀な成績を修めているという方々の評価から卒業に足る生徒だと認定いたします。ドゥルッチェ王国に戻られましても勤勉な姿勢を貫き、ご活躍為される事を祈っております。ジェノベーゼン学園教員職員一同代表、学園長ジリコ・バジ・ジェノベーゼン」

「謹んでお受けいたします」

 パスティーチェ式の礼を行い、チマは卒業証書を受け取った。

 ジェノベーゼン学園としても、卒業生にチマがいという集客文句が欲しいのだろう。実に利益的でパスティーチェ、いやNCUらしいと言える。

「それでは私はこれで。他にも面会なさりたい方は多くいますので」

「御足労いただきありがとうございました。お気をつけてお帰りください、学園長」

 簡単な握手を終え、小さく礼をし踵を返した学園長が去ると、お次は助けた生徒の親御さん。チマは来客に欠かない数日を過ごすことになる。


「名誉国民勲章、ですか?」

「ええ、そうです。我々パスティーチェ政府、国栄党としましては今後ドゥルッチェ王国との更なる関係の強化や手を取り合った発展をと思いまして、此度ご活躍頂いたアゲセンベ・チマ様に国民同様の待遇を受けれる地位をご用意したく思っております。有り体に言えば市民権というものです」

 調子良さそうに語るのはピッツォーリ。今回の事件で何の被害も被っていないサボりタヌキである。

 独自に動いたとしているパスティーチェ軍も、国民への被害を最小限に抑え大活躍だったことから、政府機能を乗っ取ったことを不問、……チマを案山子に有耶無耶にし今回裏で動いていた、ファールファ、ピッツォーリ、軍最高顧問の三人は見事に逃げ果せてのけたのだ。

 本件を突くと蛇が出てきかねない事と、ドゥルッチェへの友好的な態度に水を差す行為が現在の主流を遡る為に、現状は指摘するものがいない。…何れどうなるかは不明だが、のらりくらりと躱すのであろう事は想像に難くない。

「気持ちは嬉しいのですが、此処までの優遇は流石に気が引けてしまいますわ。ドゥルッチェ王国の政に私は関わっておりませんので」

「先行投資ですよ。それに今でなくとも構いません、アタクシの代は長くありませんが、ピッケーリさんらが政担う将来にパスティーチェとドゥルッチェの橋渡しをお願いできれば嬉しい限りということなんです」

「そうですか。…名誉国民勲章、…………分かりましたお受けいたします」

(軽々しく受け取っていいものではない。けれど、ドゥルッチェの発展や両国の橋渡しには十分な力になるのは確か。…担ぎ上げようとする派閥、東部貴族は確実に私の傘下に加わろうとするはず。国の為、叔父様やお父様、デュロの為、私も私の道を進むのよ)

 意匠の凝った箱を開け中身を確かめれば、束柱獣そくちゅうじゅう金貨を模した勲章が輝いており、手の中で一段と重くなる。

「アタシとしましては、最近ドゥルッチェ側で大いに技術を伸ばしている鉄道関連に興味があるのですが」

「…尻尾を出すのが早くなくって?」

「これも国のためなんですよ、ははっ」

「はぁ…。蒸気学の勉強に関してはパスティーチェの方が進んでいる印象があるのですけど、技術的にはドゥルッチェの方が上だという認識で良いのかしら?」

「ええ。やはり大陸国家というのもありますが、負の遺産を補って尚、国を発展させているお二人が居りますからね。強敵ですよ」

「強敵の娘は懐柔しやすそうだということですね。思惑通りになるのは癪ですが、今回の事件に於いてパスティーチェ側の迅速な対応に助けられたことは事実ですので、言葉は持ち帰り然るべき相手にお伝えしようと思います」

「ありがとうございます。いやはや、アゲセンベの姫君の隣に誰もいないのであれば、息子を紹介していたのですが…本当に残念で仕方ありません」

 僅かに目線を送ったのはシェオの方。

 彼によって抱きかかえられたチマは、パスティーチェ軍の前でもそうしていたが故に、周知の事実となってしまったのだ。

「なんのことかしら」

「ははっ、そうですね」

 公式は何も言わない。

「そうそう。こちらがドゥルッチェ行きの特別渡航券、一応のこと予備として七枚用意してあります、不要な分はそちらでの処分をお願いします」

 今回の遊学、正式に足を運んでいるのはチマと従者含め五人。偶然同行したゼラは個人の旅行者で、ラザーニャはただの帰国者に過ぎない。

「ありがとうございます」

「影になった者に関しましても、こちらで根回しを行いましたので、過去が追いかけてくることはございませんので」

「…。鉄道に関しては話しておくわ」

「いやあ、ありがたい限りです。これでしばらくは何の追求もなく、のうのうと暮らせますから」

「保証もないのに?」

「ははっ」

 お喋り好きな人なんだと、チマは思いながら歓談を行う。

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